13

永遠子はその夜、祖母の部屋に泊まってはいかなかった。私に体を任せ、やがて私が永遠子の身体のままにならなさに屈服すると、彼女はしなやかな子猫のようにするりと身を起こした。

 「じゃあね。」

 華奢な手で衣服を身に付けながら、永遠子はなんの他意もなさそうにそう言った。いつもこの部屋を出る時と同じように。

 待って、と、私は手を伸ばした。それは、死に物狂いで。

 永遠子はくるりと首だけ私を振り返った。マネキン人形みたいに整った、白い顔。

 「なあに?」

 永遠子の声には温度がなかった。私のことなんてどうでもいいのだ、と、はっきり感じさせるくらいに。

 だったらなんで、私と寝たの?

 訊けるはずもなかった。13歳の、幼い恋情の全てを永遠子に向けていた私に。

 永遠子はうっすらと笑ったまま、私に手を振った。ひらひらと、薄い掌が舞う。

 「じゃあね、久子。」

 そのとき私は、本当に永遠子が私の目の前から消え、未来永劫会えなくなってしまうのではないかと恐れた。それくらい、永遠子のしんと冷えた無表情には威力があったのだ。だから私は、必死で永遠子の手を掴んだ。冷え切った、痩せた手のひら。

 永遠子は少し驚いたようだった。多分、私が許可なく永遠子の身体に触れたから。

 私はもう、緊張なのかなんなのか、訳の分からない情動で完璧に喉をふさがれていた。だから、永遠子を引き留めたはいいものの、そこから先の言葉が見つからなかった。

 そんな私をしばらく眺めた後、永遠子は笑った。ふわりと、蓮の花が開くみたいに微笑んだのだ。

 それは、私が初めて見た永遠子の自然な表情だったかもしれない。それまでの永遠子の表情は、全てが完全に抑制されていて、いっそ人工的な雰囲気さえあったからだ。

 その表情を見て、私の喉をふさいでいたなにかは溶けかけた。とにかく、ほんの少しは声の通る余地がありそうだった。けれどやはり言葉が見つからなくて、私はじっと息をひそめていた。

 そんな私を見て、永遠子の白い頬に笑みの影は静かに吸い込まれていった。さっきまでの表情は気のせいだったのかと思うくらいに、すっと。

 「私のこと、好き?」

 白い無表情で、永遠子がそう問いかけてきた。

 私はその言葉が脳に届くや否や、大きく頷いた。何度も。

 すると永遠子は、すんなりと伸びた右腕で私の腰を抱いた。短い沈黙の後、彼女は私の唇に自分のそれを押し当てた。それは、永遠子らしくない動作だった。ぎこちなくて、どこか幼い。全くもって、13歳の少女みたいな。


 

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