10
私たちは、逃げるように永遠子の家を離れ、口数少なく銘々の帰路についた。隣を歩く沙代は、いつものように私の家の前までつくと、じゃあね、と手を振った。私も手を振りかえし、家へ入った。
「あら、あんた。今日はおばあちゃんの部屋じゃないの?」
階段の前で顔を合わせた母が、半分呆れたような口調でそう言った。私はただ頷き、階段を上って自分の部屋に行った。
永遠子がいない。
それだけで目の前の全てのものが色あせて見えた。
永遠子が傍らにいるときには、自分が抱えた感情は、執着や欲望であってとにかく醜いものに思える。それなのに永遠子がいない今、それはただただ恋情なのだと思い知らされてしまう。
私を見降ろしていた永遠子の眼差しを思い出す。
しんと冷え切ったあの目は、いつも私に向けられているそれと似ているようで違っていた。いつもはただ冷たいだけの眼差しが、さっきはその底に、圧倒的な熱を感じさせたのだ。私はその熱を怒りだと受け取り、恐怖した。
ベッドに身を投げ出し、枕に顔をうずめる。制服のスカートがぐちゃぐちゃになるのは分かっていたけれど、そんなことはどうでもいい気分だった。
じっと動かず耳を澄ませていると、隣の部屋で姉が友達と話している声が聞こえてきた。友達は一人ではなく、二人か三人はいるようで、話し声は賑やかだった。下の階からは、母が弟をしかりつける高い声も聞こえる。
うるさい、と思った。
そんなものは、永遠子と知り合うまでは、当たり前として受け入れていた生活音だった。それが、今はたまらなくうるさい。
うるさい、うるさい、うるさい。
いっそ地団太を踏みたいくらいだった。
私はむくりを身を起こすと、階段を下り、長い廊下を抜け、祖母の部屋の分厚いドアを開けた。
そこは、静かだった。しんと、静まり返っていた。それは、永遠子の家で感じたのと同じ類の静けさだった。私は、安堵感で膝から崩れ落ちそうになった。
これだ。この静けさだ。これを求めて、きっと永遠子はまたやってくる。
私は部屋の鍵をかけると、座布団を敷いた上に寝転がり、目を閉じた。妙に疲れていた。
そのまま私はいつの間にか眠り込んでしまった。そして目を覚ましたのは、こんこん、と控えめにドアをノックする音が聞こえたときだった。
外部から遮断された部屋の中では、時間の経過がまるで分らない。今が何時かも、外にいるのが誰かも分からないまま、私はドアを開けた。
するとそこには、永遠子が立っていた。
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