沙代に手を引かれるまま、私は永遠子の家の玄関に立った。永遠子の家は、全ての窓に雨戸が下され、鉢植えや傘立てなんかが外に出されていることもなく、生活感がまるでなかった。

 「押すよ。」

 小さい声で沙代が言った。数メートル後ろに並んで立っている少女たちにではなく、私だけに言っているのだと、はっきり分かる声量だった。私の手は、まだ沙代のそれの中にあった。私の手をぎゅっと握る沙代の手は、肌寒いくらいの陽気なのに、しっとりと汗で湿っていた。

 「……うん。」

 私はただそう呟いた。それ以上の言葉が出なくて。

 すると、沙代は小さく頷き、インターフォンを押した。沙代の人差し指は、微かに震えていた。

 ピンポーン、と、気楽な呼び出し音が鳴った。それれからしばらくたっても、家の中は静まり返っていた。

 「……いないのかな。」

 私はそう言った。半分以上、祈るような気持だった。

 「もう一回。」

 きつい声で命じたのは、背後に立つ陽奈子だった。

 永遠子が引っ越してくるまで、クラスで一番可愛らしかった彼女は、おそらく一番、永遠子を嫌っていた。

 「沙代、久子、もう一回。」

 もう一度、沙代はインターフォンを押した。今度も彼女の指は震えていたし、私も多分、震えていた。それでも家の中は、やはり静まり返っていた。

 「いないの?」

 苛立ったように吐き出した陽奈子が、足音荒く私たちのところまでやってくると、私と沙代を押しのけ、インターフォンを連打した。ピンポンピンポンピンポンと、インターフォンは悲鳴のような音を鳴り響かせた。

 もうやめて、と言いたかった。

 永遠子はここで静かに身体を休めているのだろうから、その静寂を破るようなまねはしないで、と。

 けれど、臆病な私はその言葉を口に出すことはできずに。

 「あ!」

 背後で誰かが驚いたように声を上げた。振り向いた私と沙代と陽奈子は、彼女が指差す方を見上げた。すると、その指が示す先、二階の窓が開き、うつくしい少女がこちらを見下ろした。

 長い黒髪が、秋の風にはたはたとなびく。

 永遠子だ。

 永遠子は、くっきりとした切れ長の目で、私を見降ろしていた。はっきりと、私だけを。

 隣に立っていた沙代が、息を飲んで私に寄り添った。それくらい、うつくしい少女の無表情は恐ろしかった。

 永遠子はなにも言わなかった。ただじっと私を見降ろし、数分すると、音もなくガラス窓と雨戸を閉めた。私は、永遠子の目を見返すだけで精いっぱいだった。

 「なに、あれ。気持ち悪い。お化けみたい。」

 半歩前に立っていた陽奈子が、憎らしげにそう言い捨てた。確かにそのときの永遠子は、まるで人ならざる者のように、あまりにもうつくしかったのだ。

 

 

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