第12話 パーティ会場で
学園が、2ヶ月の夏季休暇に入った。
家同士の付き合いのない相手には、会いにくくなる期間だ。
ベアトリス嬢のシュタイナー公爵家と、
だが、うちの兄と、ユリア嬢と婚約した近衛騎士団副長が友人だったおかげで、僕はユリア嬢の婚約披露パーティに出席し、ベアトリス嬢と会う機会に恵まれた。
遠目で見る、薄青のサマードレス姿のベアトリス嬢は
悪役令嬢スタイルの時はゴスロリ系な黒や紫ばっかだったが、淡い色もよく似あっている。
(そっか、ベアトリス嬢の髪色は明るい紅だもんな、暗い紅はディートリヒ様…)
ディートリヒ様は魔王スタイルだと、黒髪なんだが、回想シーンだと黒みを帯びた紅色だった。
頬にかかるひと房だけ明るい紅色で、時折それに触れては哀しそうな表情を…
「マテウス・ベルナー様…?」
「はい!」
名を呼ばれ、妄想振り切り、はっと振り向けば、本日の主役の片割れのユリア嬢がいた。
その少し後ろには、ベアトリス嬢もにこやかに付き添っている。
「本日は、ご足労いただき有難うございました」
僕は胸に手を当て、軽く頭を下げた。
「お招きいただき光栄です。あいにく、交流のある兄でなく私になってしまいましたが、ご両家の結びつきを、心よりお祝いさせていただいてます」
兄は婚約者の令嬢と一緒に、彼女の領地にいる先方の祖父母へ挨拶に行っている。
そちらが前々からの約束だったので、ある意味急に決まったこの婚約披露パーティの方を欠席することになった。
自分の代わりに出席してきて欲しい、と兄に言われた僕にとっては、まさに
傍から見ても幸せそうなユリア嬢は、クリーム色のドレスに茶色のストレートヘアがよく映えて神々しい仕上がりである。
髪か胸元に、白か黄の生花でもあればもっといいのに、と思ったりもする。
(あードレスとか作る…まではいかなくても、アレンジとかしてみたい)
最近、小物を作りたくなって手がわきわきしている。
さすがに、職人になるなんて言える
(田舎に行ったら、皮を触れる機会もある筈)
ベルナー家の領地は森が隣接しているので、シカやイノシシが採れる。
今まで狩りには興味はなかったが、素材欲しさで、今年は挑戦しようと思っている。
「堅苦しい挨拶はここまでで、あちらでお茶でも如何かしら? ベアトリス様と一緒に」
「喜んでお供します」
挨拶周りで少々疲れましたの…と笑うユリア嬢に、僕は感謝のしるしに頭を深く下げた。
他からちょうど目隠しされるような、奥まった場所にあるテーブルに着くと、素早く侍従とメイドが付いた。
侍従の引いた椅子にゆっくりと腰を下ろし、ユリア嬢は尋ねた。
「ベルナー様は、お茶でよろしかったかしら?」
こちらの世界では成人が16からで、アルコールはそれ以前からも別に禁止されていない。
泥酔するような真似をしたら、貴族失格の烙印を押されるだけだ。
「はい」
僕も先ほどまでシャンパンを飲んでいたが、今はご婦人二人の前なので、大人しくお茶を頼む。
「兄も同じベルナーですので、よろしければマテウスとお呼びください」
「分かりました。私も、ユリアでお願いしますね」
「半年後には、ユリア夫人ですけどね!」
「…ベアトリス様ったら」
揶揄うようなベアトリス嬢の声に、ユリア嬢の頬に赤みが差した。
幸せそうな女性の美しさは、もう別格である。
少しこだわりが残ってしまったが、彼女が王子の婚約者候補を降りられて、本当に良かったと思った。
お茶を飲みながら、当たり障りのない話をした後で、ユリア嬢が少し居住まいを正した。
「このような席ですが、マテウス様にお礼を言わせてください」
「え…」
「私は、ベアトリス様から背中を押していただけなければ、今ここに座るどころか…このお屋敷に居場所はなかったでしょう」
このパーティ会場は、彼女と婚約した兄の友人の屋敷である。
ただ単に、『王家から狙われていたけど、好きな人に告白した』という感じではない。
妙に静かな声に、うかつに声を返せない僕に代わって、ベアトリス嬢が口を開いた。
「きっかけは、マテウス様に相談した私かもしれませんが、行動されたのはユリア様ですわ」
ユリア嬢は、一呼吸おいて告げた。
「私も、殿下の婚約者候補を、無事外れたら…外れてから、オスカー様にお話しようと思っておりました。でもそれを待っていたら、手遅れになっていたのです」
近衛騎士副長――オスカー・ハイベルグ伯爵子息は、身分だけで副長に上り詰めたのでなく、実力も兼ね備わった人だった。
けれど、近衛騎士団の中でも結構身分が上な彼は、何かと王家に重用されていた。
国外の賓客を迎える際などが多かったが、騎士に腕の他に身分を求める相手は、国内にもいた。
「妃殿下が、第二王子直属の騎士団を作る計画を立てておられて…オスカー様をその隊長にと、内々に打診されていたそうです」
ツッコミどころ満載の話に、僕も、ベアトリス嬢も目を見張った。
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