第11話 婚約者候補たち


「幼い頃にきちんとお断りしたのに、最近また来るようになって…」


 しかも今度は、何度断っても招待状が来るらしい。

 王妃様の焦りが伝わって来るようだ。


「第二王子殿下…レオンハルト様のご婚約者が空席なのが、気になるのでしょう」

「本当に、早くどなたかを選んでいただきたいわ。幾らでも候補の方はいらっしゃるのだから…」


 第二王子の有力な(ほぼ公認)婚約者候補は3人いる。


 一番有力な候補は、リース公爵令嬢。家柄的に問題はないが、年齢が5つ下だというのがネックだろう。

 二番目はコンラッド侯爵令嬢。王子と同じクラス。勝気で、ベアトリス嬢よりは落ちるが、一応才色兼備をうたわれている。

 三番手はゲーテ伯爵令嬢。1つ上で、おっとりとした佳人だ。慕わしいお姉様タイプで、ベアトリス嬢とも親交があるはずだ。


 ちなみに、この三人の名前はゲームに出て来てない。

 ただ、コンラッド侯爵令嬢の容姿は、どことなく悪役令ベアトリス嬢の取り巻きの一人に似ている。


(裏情報には、取り巻きの名も出てたかもしれないが…)


 ファンブックじゃ飽き足らず、ネットの海を情報求めて彷徨さまよった『闇リベ』と違って、『蒼ニティ』は、ファンブックすら全冊読み込んでいなかった。


 まさか『蒼ニティこっち』に転生するとは、思ってなかったからなぁ…ハハハ、と学園入学以来、何度も乾いた笑みを浮かべている僕である。


「あ、ですがユリア様は、私と同じで、あまり乗り気ではないから、外していただきたいけど…」

「ユリア嬢は、そうですね…ゲーテ伯爵家からは、お断わりできませんからね」


 普通、王家からの打診は臣下には断れない。

 ベアトリス嬢(とディートリヒ様)のお父上、シュタイナー公は、現王と曾祖父を同じくしている王家の縁戚だ。

 それゆえの強気なのだろう。


 ゲームでのシュタイナー公爵は、その強気を真逆のベクトルで発生させ、聖女が現れた後もベアトリス嬢を王子妃にと押していた。


(そういえば、第一王子に嫁がせるって発想はなかったんだな…)


『蒼ニティ』しかやってないと、シュタイナー家には娘一人しかいないから、王の後を継ぐ第一王子でなく、第二王子を入り婿にするって話で納得するだろうが、続編『闇リベ』で兄の存在が明かされた。


ベアトリスは第二王子と結婚させて家を継がせ、息子ディートリヒは隣国で伯父の公爵家を継ぎあちらの王女を娶る…まー父として、心躍る『未来予想図』だというのは、分からんでもないが)


 結局どっちも、ぽしゃったと思うと、(兄妹の不幸の原因の一人なんだが)ゲームのシュタイナー公に少し同情心が湧く。


「もう…はっきりしないから、ユリア様もご婚約が出来ないわ!」


 憤慨してる様子も、とてもカワイイベアトリス嬢だが、確かに卒業までに婚約が決まらないのは、貴族令嬢として困るだろう。


「うーん、ユリア嬢にどなたか、想う方がいらっしゃれば、話は早いかもしれませんね」

「そんな! 婚約者候補として名を連ねているのに、ユリア様が非難されるではありませんか?!」


 怒りがこちらに向けられるのに少しトキメキを感じるが、僕は釈明した。


「こう言ってはなんですが、ユリア嬢が選ばれる可能性は、現在とても低いです」


 彼女は殿下より年上で、身分は一番下だ。

 それでも、感情があれば別だが…それもない。


「お互いに、慕い合っている様子もありませんよね?」

「それは、そうですけど…」

「ならば、候補から外れる理由があれば、案外あっさりと認められるかもしれません」


 王家も、ゲーテ伯爵家のご令嬢を、殊更ことさら不幸にしたいとは思ってないでしょう――と僕が続けると、ベアトリス嬢は言葉を吟味する顔になった。


「もし、宰相に相談が来るようなら、父はご令嬢に対して、決して悪いようにはしないと思いますよ」


 今世の父には、息子三人しかいないが、実は娘が欲しかった人だ。

 弟を産んで儚くなった母を今でも想い、縁談を断っているので、妹を望むべくもないが。

 兄の婚約者である令嬢を、窓から暖かい目で眺めているのを、僕と弟は知っている。


(事情を知らなければ、ただの危ない親父だ。弟は一時期、本気で心配していた)


「…相談してみますわ」


 頷くベアトリス嬢に、僕も軽く頭を下げた。




 この後、ほぼ時を置かずして、ユリア嬢と、近衛騎士団副長(22・伯爵家長男)の婚約が発表された。

 ベアトリス嬢の話だと、二人は幼馴染だとのことだ。

 ユリア嬢の卒業を待って、婚儀を上げるとのことで、既にユリア嬢は相手の家に行儀見習いと称して通い、週末などは泊り込んでいるらしい。


(父上の入れ知恵かな…?)


 婚約者の家に泊まる――というのは、ぶっちゃけ既成事実があると受け取られてもいいという事だ。

 これなら、王家の気が変わって、『やっぱり王子の嫁に来てくれ』とは言えない。

 王家が、というか王妃様が焦っているので、念を入れたのだろう。


 だがその反動か、王家からシュタイナー家への手紙の頻度が増えたと聞いて、僕はひそかに落ち込んだ。


(ダメだな、これじゃあとても策士になんてなれない)


 今世の僕の、重大な目標の一つは、ベアトリス嬢に第二王子を近づけないことなのに。 

 宰相職は兄が継ぐだろうから、自分は裏で諜報活動ささえるやくめをしようと思っていたのだが、向いてないかもしれない。


 こうなると、ヒロインに頑張って欲しいな…なんて、少し思ってしまう。

 聖女でもないただの男爵令嬢を、王妃様が己の推し王子の嫁にするわけないが。







************Atogaki


…諜報活動をしようと思ったのは、勿論『ディートリヒ様』の情報が欲しいからです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る