第10話 王妃様の野望


 学園の片隅。

『森のガーデン』と呼ばれるオープン型のカフェテリアで、僕はベアトリス嬢と話していた。

 試験と休暇の間という中途半端な時期とはいえ、あたりに人影はなく、給仕がさりげなく立っているのが見えるだけだ。


 ここはゲームでも出て来た場所で、ヒロインが攻略対象の誰と来るかで、ルートの進み具合も分かるようになっていた。


 ゲーム画面では、背景の森以外はテーブルと、一緒に席に着いた攻略対象者が見えるだけで、周囲の描写はなかった。

 だから気にした事はなかったが、この店は森から魔物が出てくるという噂がまことしやかにあり、いつも空いている。


(ヒロインのデート…という名のレベル上げには、好都合だわな…)


 そのヒロインの姿も今はないが。

 

(…というか、この世界のヒロインは魔力レベルが低いので、ここに来ることは出来ないんじゃないか)


 僕やベアトリス嬢が、ここに座って平然とお茶していられるのは、魔力レベルが高いからだ。

 噂の真偽がどうであれ、城下に出没できるような弱い魔物は、レベルが高い人間には近寄る事さえ出来ない。


(人に襲い掛かってくるような強い魔物は、そもそも城下に張り巡らされている障壁で弾かれてるしね)


 入学して三ヶ月、先頃行われた学期末のテストで発表されたヒロインのレベルは、ほぼゲーム初期のものだった。

 聖女補正がないせいか、努力が足りないせいか(きっと両方だろう)、この先も上がらない可能性は高かった。


(イベントが起こらないせいもあるか)


 マテウスじぶんは勿論、他の攻略対象者達も、今のところ彼女と、特に仲良くしているヤツは見当たらない。


 それというのも、第二王子が彼女に引っ掛かってないのが大きいだろう。

 メインヒーローである彼を攻略できれば、その取り巻き達も、必然的に付いてくる。

 逆をいえば、王子が彼女を構わなければ、取り巻きが世話をやく必要がないのだ。


 入学直後はアッチコッチに粉掛けてたヒロインは、その辺りの事情を嗅ぎ分けたのか、誰も捕まらないことに業を煮やしてか、今は王子に狙いを定めた様子で追いかけまわしている。

 邪険にはされていないが、あまり相手にもされてない様子だ。


(ゲームでは結構ちょろかったんだけどなー、王子様)


 ――やはり、『悪役令嬢』の不在が大きいのかもしれない。


 僕は焼き菓子を選んでいるふりをして、目の前で優雅にお茶を飲んでいる美女に見惚れながら思った。


 王子狙いの令嬢は、他にも多い。

 本気の上位貴族の令嬢から、あわよくば…の下位貴族の令嬢まで、殆どの女生徒がひそかに狙っていると言っても過言ではないだろう。


 ただ下位貴族の令嬢をイジメる、『悪役令嬢』は現れない。

 それはこの学校で一番身分の高い令嬢が、王子に興味がなく、尚且つ『イジメ』等と言う下品な真似を好まない女性だからだ。


 その女性は、ティーカップを音をさせずソーサーに置き、ふうっとため息をついた。


「先日も、王妃様からお茶会のお誘いが届いたようです…」


『ようです』というのは宛名がベアトリス嬢でなく、父親のシュタイナー公爵宛だからだろう。


「まだ、ベアトリス嬢を諦めきれないご様子ですね」


 王妃からのお茶会=王子の嫁の選定会、である。

 そして、昨年学園を卒業した第一王子には、既に婚約者がいる。


 ゲームでは『聖女』の導きにより、『勇者』の剣を抜いた第二王子が王太子となるが、聖女がいない以上、その展開はなさそうだ。


 このままだと、第一王子が二十歳になった時に、王太子としての立太子式と婚儀が同時に行われる筈だが…それを阻止したいのが第二王子派だ。


 その筆頭が王妃だというは、公然の秘密である。

 王子は二人とも王妃の実子の筈だが、王妃は第二王子を王太子にしたいと思っているらしい。


 そんなんゲームの設定にはなかったと思うが、『勇者』だから王太子にするっていうのもおかしな話だったのかもしれない。


(いや国を救ったのと…あと『聖女』か)


 第二王子ルートでは勿論、『聖女』が第二王子妃=王太子妃になる。

 だがその他のルートだと、第二王子が『勇者』となって暗黒竜を倒しても、『聖女』は他の攻略対象者と結ばれる。

 そして第二王子は、『聖女』に祝福を受けた王子として、王太子になるのだ。

 ちなみに、第二王子の妃に誰がなったかは語られていない。


 ベアトリス嬢じゃないことだけは確かですがね…僕は寝暗く想う。


 この世界の第二王子には『勇者』の称号もなければ、付加価値である『聖女』もいない。

 本人の資質は、そう悪くはないが、第一王子と比べて突き抜けて優秀というわけでもない。


 ヒロインもそうだが、第二王子も『暗黒竜クエスト』というイベントがなければ、魔力が天元突破する……普通の王族以上に上がる事もないだろう。


(そう、第二王子はどっちかといえば武闘派だから、学園の成績でいけば第一王子のが上かもね)


 そこで王妃が縋るのが、次代の王妃の血筋だ。

 第一王子の婚約者は、由緒ある侯爵家の令嬢だが、血筋で言えばベアトリス嬢よりは明らかに落ちる。


 筆頭公爵の娘を嫁にする――王妃様としては、第二王子を王太子にするには、もうコレしかないと思っているんだろう。





************Atogaki


…王家からの手紙は、全てディートリヒ様が検閲済みです。

…もちろん弾かれている物もあります。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る