第8話 同志発見
「ご挨拶は結構でしてよ」
とりつく間もなく
「私は、貴方がお兄様の、何を探っているのか知りたいの」
「探るなど…」
「絵姿を探していると聞きましたわ」
何故それを知っている…?
口留めは念入りに行ってるし(話したら地位が飛ぶレベル)、画商に尋ねたのは『シュタイナー公爵家の方々の肖像』だ。
ディートリヒ様の御名を出してもいない。
僕はとりあえず頭を下げた。
「お耳を汚して大変失礼いたしました。ご本人を前に言うのは図々しい願いですが、僕が欲しいと思ったのは…貴女の絵姿です」
恋する男の愚かしさをお許しください――と、頭を下げると、ベアトリス嬢は片手を顎に当て、首をわずかに傾げた。
頬に少し赤みが差している気がする。
多少罪悪感はあったが、前世も今世もベアトリス嬢への好意は確実に持っている。
振られても、相手がベアトリス嬢なら嬉しく思える程だ。
だが、この路線で逃げられそうか……と思ったのは早計だった。
「イグナーツ、どういうこと?」
ベアトリス嬢の声と同時に、ドアから一人の青年が姿を現した。
その顔を見た途端、叫びそうになった自分を懸命に抑える。
(うわー、ベアトリスの従者のくせに『攻略対象者』だった、イグナーツさんじゃありませんか?!)
「お嬢様、騙されてはいけません。彼は、
(ひえー、コイツの口から『お嬢様、騙されてはいけません』なんて台詞が出ると、もにょるわー)
ゲームでのイグナーツは、主人であるベアトリスを裏切り、ヒロイン側に彼女の情報を流した男だ。
『聖女たる貴女の恩為なら、我が名は地に沈めましょう』
…なーんて、幾ら言葉を飾っても、女に溺れて主人裏切っただけじゃん!
コイツの細かい証言は、ヒロイン側の養分になり、断罪シーンにつながったのだ。
『止められなかった私も一緒に罰して下さい…』
ヒロインと主人の間で、葛藤する美形の悶える様子に、落ちるファンはたくさんいたそうだが(先輩談)、結局ヒロインに庇われ、その手に縋りついて、ルートによっては二人で駆け落ちする…。
こちらをにらんでいる、陰のあるイケメン顔を、僕も睨み返す。
「画商が探しやすいように、家族構成を告げただけです。その際、シュタイナー公爵令嬢のお兄様が、生徒の間で噂になっていたのを、咄嗟に思い出して口にしたかもしれませんが…」
ベアトリス嬢は頬にかかる髪を、耳にかけるような仕草をして頷いた。
「確かに、噂になってましたわね…」
「父も、シュタイナー公のご長子の有能さを惜しんで、是非王宮に勤めてほしいと言ってました」
話に信憑性を与える為に、僕は口を挟んだ。
ベアトリス嬢が、キッとこちらをにらむ。
「お兄様はお忙しいのです!」
「伺っております。定期的に顔を出していただいているだけで感謝しているようだ、とお伝えいただければと思います」
しばしの沈黙の後、ぽつりと彼女は口を開いた。
「……それくらいでしたら」
視線を逸らして呟くベアトリス嬢も、めちゃくちゃカワイイです。
「僕も、先生から伝え聞いて、偉大な先輩の残した論文等が残ってないか、探したりしました」
これは本当。
ディートリヒ様の直筆が見たくて、マジ探しました。
「ありましたの!?」
ベアトリス嬢が食いついて来た。
「いえ残念ながら、シュタイナー公子の
『魔術師の塔』とは、この国の大学院みたいなもので、実際に魔術の研究をしている者もいるが、その他あらゆる学問の研鑽が進んでいる場所だ。
ちなみに家の跡取りでない僕の、卒業後の選択肢の一つである。
「そうですか…さすがはお兄様です」
残念そうに言いつつも、嬉しさを隠し切れない様子がとてもカワイイです。
(あのディートリヒ様だもんなー、自慢の兄なんだろうなー)
兄妹仲も良さそうで何よりだと、ぽかぽか気分で思っていると、冷たい声が割って入った。
「お嬢様、やはりベルナー侯爵子息は、ディートリヒ様について詳しすぎるのでは…」
「シュタイナー公子に関する逸話を聞いて、興味が出たことは本当です…ですが、論文を調べたりしたのは、過ぎた行為でした。申し訳ありません…」
ベアトリス嬢に不審を持たれないよう、イグナーツの台詞にかぶせる様に、僕は謝罪した。
「いえ、お兄様の一端でも知れば、興味が出るのは仕方ありません」
「…優れた方ですからね」
うん、自慢のお兄様だねー!
分かる、分かるよー……の気分をこめて返すと、彼女の目がキラッと光った。
「分かりますの?!」
(あ、この目は知ってる)
「…伝え聞きではありますが、お人柄とお姿は疑いようもなく、また魔術についての造詣も、それまでの常識を覆すような発見があったことを伺ってます」
ぱぁーっと、公爵令嬢の顔に喜色が広がった。
彼女は、それを隠すように咳ばらいをすると、
「ま、魔術だけではないのです。精霊学や神聖…」
自らの感情を抑えつつも、ベアトリス嬢はぽつぽつと語りだした。
(…前世の、ディートリヒ様愛を拗らせた、『俺』の目だね)
ついでに『推し』を語る相手に飢えた、オタクの目でもあった。
どうやら同志であった、僕とベアトリス嬢は、この日を境にぐっと距離を縮めることになった。
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