第7話 想定外のイベント



「ベアトリス様には、お歳の近いお兄様いらっしゃるんですって!」

「あのベアトリス様のお兄様ですもの、とても素敵な方なんでしょうねぇ…」

「従姉妹が同学年だったのですが、あんなに素敵な方はどこにもいらっしゃらない、ですって…!」

「既にご卒業されているなんて、本当に残念ですわ!」

「しかも首席で卒業なさったんでしょ…?」

「今は公爵家でのお仕事でお忙しいのに、どうしてもと請われて王宮の顧問になられているんですって…!」


 ディートリヒ様っておっしゃるそうよ――



 …令嬢達は皆年頃だ。

 有望な独身男性の噂は、瞬く間に広がっていた。 


 ちなみにこの国の貴族の結婚適齢期は、18~25位。

 学園卒業と同時に結婚が半数。

 残りは仕事が落ち着いた後、という感じだ。

 だから、ベアトリスの三つ上の筈のディートリヒ様が、結婚してなくても不思議はない…不思議はないのだが…


 僕は僕で、ディートリヒ様がシュタイナー家に、ってことは同じ城下にいる…つまり同じ空気を吸っ………そう思うだけで、呼吸困難になりそうだった。


 宰相である父の伝手つてで、噂は殆ど本当である事も確認した。

 とても優秀な人物で、父としても不定期の顧問などでなく、正式に官吏になって欲しいらしい。


 …ということは、ゲームでの『幼い頃に隣国の伯父の家へ養子に入る』という、ディートリヒ様の設定はなかったということだろうか?


 ゲームでの設定は、既に色々変わっている。


 ・蒼炎竜は既に孵ってる→暗黒竜は現れない→聖女、勇者はいらない

 ・ベアトリス嬢は王子の婚約者じゃないし、王子に気があるようにも見えない→断罪がない


 そして現在形で、ベアトリス嬢の側にディートリヒ様がいる。

 これで、ディートリヒ様が、『魔王ラスボス』になるという未来は、ほぼなくなっただろう。


 魔王になった後に会うのは、相当困難な事が予想されるから、その方が勿論いいのだろうが…この国の、同じ空の下にいること知っても、簡単に会える人ではない。

 しかし…


(うぁぁぁ、会いたいぃぃー…!)


 滅茶苦茶メッチャ会いたい。

 会って、御尊顔や御姿をこの目に焼き付けたかった。


(父に会う振りをして、王城に通えば、偶然会う事も可能かも…!?)


 …しかし、会ったら会ったで、まともに話せる気はしない。

 僕は(おそらく前世の死因であるところの)『ディートリヒ様』に対する、自分の理性を信用していない。


(せめて写真…いやスチル、じゃない!…絵姿でも、手に入れられないだろうか?)


 ちょうど母が呼んだ、侯爵家うちの出入りの画商が、王族の肖像画も扱っていると豪語していたので、それとなく高位貴族の肖像画状況を尋ねてみた日から三日後…


「お兄様を探っているのは、貴方かしら?」


 放課後の、ひと気のない音楽室(教師の名で呼び出されました…)で、美しい公爵令嬢に詰問されるという、想定外の状況イベントが発生した。




「ベルナー侯爵令息。確か、我が家とのお付き合いはなかった筈ですが?」


 はっと、正気に戻った僕は慌てて、右腕を胸に当て正式の礼を取った。


「シュタイナー公爵令嬢には、お初にお目にかかります」


 王族に姫はいないので、筆頭公爵家のベアトリス嬢は、掛け値なく国で一番身分の高い令嬢だ。

 僕は、その辺に幾つも転がってる侯爵家の次男なので 身分も立場も圧倒的に彼女が上だ。

 このガチガチの貴族社会で、王子以外の連中が、よく断罪なんて真似ができたとしみじみ思う。


 学園内は、一応身分による差別を忌避している。

 だが一歩外に出れば、厳然たる序列が横たわっているのに、調子に乗って身分の上の者に軽々しく話しかけるバカは――いない筈なんだが…。


 ヒロインは、男爵令嬢で、貴族社会では最下位だ。

 社交界だったら、周囲の誰にも、話しかけることは出来ない位置にいる。


 また、ゲームと同じくこの世界でも、彼女が平民出身であるという設定は変わってなかった。

 ゲームでは、貴族世界の常識を知らないから、馴れ馴れしく序列上の令息に話しかけようとすることができる設定だったが、この世界でもそれを実践している。


(しかもの世界では、『聖女候補』ですらないのにな)


 自分の目からすれば、自殺行為に等しいが、何故か許されている(ように見える)ところに、やっぱりここはあのゲームと繋がった世界なんだなぁという、認識がもたらされる。


(だからこそ、絶対関わりたくない)


 なにかの間違いで、ゲームの強制力が働いて黒歴史を繰り返すくらいなら自決した方がマシである。


 ちなみにマテウス・ルートでは、悪役令嬢ベアトリスの断罪はなかった。

 夜通し繰り返し、己の前世記憶ログを精査して、胸をなでおろしたものである。



 そう。

 ゲームのマテウスとベアトリスの接点は少ないのだ。

 それがなぜ今、目の前に彼女がいるのか…

 眼福ではあるが…




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