第6話 黒歴史の中へ ~土下座編

 


 

 …その後、「俺」が、「僕」になり、『蒼二ティ』の世界へ転生していた事に気づいたのは、貴族学園入学の日だった。


 たくさんの新入生に混じっていても、ひときわ目を引く、深紅の髪と瞳、高貴な美貌の少女をひと目見た瞬間、魂が叫んだ。


『公爵令嬢ベアトリス・シュタイナー…!』


 僕はバカみたいにその場に立ちつくし、どくどくとあふれ出す前世の記憶に耐えるしかなかった。

 結果的に、入学式を欠席することになったが、そのおかげで、ヒロインと出会うことも避けられた。


『蒼二ティ』のヒロインには、嫌悪感しかない。

 実際、遠目であのピンクの髪を見ただけで、殺意が湧き、手に風の刃が出て来た。




 僕は『蒼二ティ』の攻略対象者の一人、マテウス・ベルナー侯爵子息に転生していた。

 マテウスは宰相の次男で、風の属性の魔力持ちだ。

 庶民として育ったヒロインが、周囲に追いつこうと、陰で懸命に努力しているのを知り、それを手伝い惹かれていくキャラだ。


『僕は生まれ持った身分だけで、何の努力もせずここにいる…』


 確か、そんなキャッチがあったが、頭湧いてんのかと思う。


 努力なんて、国で一番上の令嬢というプレッシャーを抱えながら、トップの成績を維持しているベアトリス嬢の方がずっとしているに決まっているじゃないか。


 持って生まれた資質というのは、磨かなければ光らない。

 今、光輝いている人が、見えない努力を続けていることを僕は疑わない。


 攻略対象者だった――というのは、自分ではないが、自分マテウスの黒歴史みたいなものだ。

 思い返すだけで忌々いまいましい記憶メモリだが、ふらふらとこちらへ近づこうとする気持ち悪いゾン…ヒロインを避けるのに役立った。



 ただ一つ驚いたのは、この世界のあの女ヒロインは、ただの男爵令嬢で、『聖女』じゃないらしい。


(…というか、入学前に『蒼炎竜』が無事生まれたと、精霊協会から発表があったんだよな)


 この世界は、千年に一度蘇る蒼炎竜が『精霊の恵み』をもたらすことで、維持されている。


 世界を壊したい魔神によって作られた暗黒竜から、蒼炎竜の卵を取り返し孵すまでが、ゲーム『蒼炎竜のエタニティ』の正ストーリーだった。

 バッドエンドは、世界の終わりになる。


 記憶が戻る前だったので、「そうか」としか思わなかったが、蒼炎竜が既に孵っているということは、世界は既に救われているらしく、ゲームの大前提クエスト『蒼炎竜の卵を孵すために暗黒竜を倒す』が無くなったってことだろうか?


(だから、蒼炎竜の卵を孵す『聖女』も、暗黒竜と戦う『勇者』も必要なくなったと、考えていいのだろうか…)


 それとも、他に敵役が現れるのだろうか…少なくとも、今は平和だが。





 黒歴史から脱するために、僕は第二王子の側近からも外れた。

 新入生代表として、第二王子が挨拶をした入学式をすっぽかした僕に、すでに側近として傍にいる騎士団長の息子(子爵令息・攻略対象者)や、一つ上の生徒会長(公爵令息・攻略対象者)が


『殿下がお忙しい時(晴れ舞台)に傍にいないなんて!』

『側近としての心構えが足りないんじゃないかい?』


 等と言われたので、これ幸いに『確かにそうですね』と頭を下げ、側近を辞退する旨を告げた。

 二人は慌てていたが、知った事ではない。

 ヒロインにも他の攻略対象者達にも、一切関わりたくなかった。


(特にメインヒーローである第二王子には、ベアトリス殺害の恨みがある)


 自分がいる限り、絶対にそんな事はさせないと思ったが、ゲームと違って、貴族学園入学の時点で、ベアトリスは第二王子の婚約者ではなかった。


 しかし、他の令嬢が選ばれた訳でもないらしく、まだ第二王子の婚約者は決まってないという。

 少し裏事情を探ると、王家としてはやはりシュタイナー公爵令嬢ベアトリスを希望しているが、シュタイナー家が首を縦に振らないらしい。


(ゲームでは、シュタイナー公爵は積極的に、ベアトリスを王子妃に!と望んでいたんだが…変わったんだな)


 ベアトリス自身も、ゲームとは随分違っていた。

 他を圧倒する美少女なのはそのままだが――表情が明るい。

 国で最高の地位にある令嬢なのに、少しも偉ぶらず、節度を保った気さくさで、下位貴族にも慕われている。

 周囲にいるのも取り巻きでなく、華やかだが賢そうな令嬢達だ。


 ディートリヒ様の代わりに、彼女を守ろうと思っていたが、どうやらその必要はないらしい。


(彼女に不幸が訪れなければ、ディートリヒ様は、隣国で幸せになられるのだろうか…)


 おそらく、今、同じ空の下にディートリヒ様がいる…

 そう思うだけで、脳内麻薬が出てくる。


 前世の憧れの人の、不幸が磨きをかけた、刹那的な美貌を思い出し、少し複雑な気分だったが、


(これで良かったんだ…うん)


 いつかお会い出来ればいいな…と余裕ぶってた僕に、特大の爆弾情報が入った。

 ベアトリス嬢には、兄上がいると。



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