第5話 後悔はない ~土下座編


 ――前作『蒼二ティ』には、ディートリヒは出ていない。


 そう聞いていた俺は、まだ『蒼二ティ』は未プレイだった。


(お兄様…なんて甘い響きなんだ)


 後悔と、訳の分からない衝動に突き動かされた俺は、その日のアフター(飲み会)を断り、大手の量販店に駆け込み、『闇の魔王編(闇リベ)』の前作、『蒼二ティ』…『蒼炎界のエタニティ』のソフトを買っていた。


 一晩掛けて(攻略サイトを見ながら)メインルートを終えた俺は、完全に『悪役令嬢ベアトリス』のガチ勢になっていた。

 だが、その兄である『ディートリヒ』への愛も失われず、むしろ相乗効果でますます増していた。


『闇リベ』のディートリヒは、幼い頃、跡継ぎのいなかった隣国の公爵である伯父の家に養子に出された。

 ゆえに本国にいる、妹の身に何があったのか、詳しくは知らないという設定だった。

 命からがら隣国に逃げて来た(本物の)両親によって、歪んだ情報を植え付けられたと。


 だが、妹のベアトリスが、婚約者である王子に裏切られて殺された――というのは、『事実』だった。

 俺も、『蒼二ティ』をやるまでは、それは捏造された情報だと思っていた。


 確かにベアトリスが、聖女であるヒロインに対して行った事は、褒められたことではないかもしれない。 

 だが、自分の婚約者が、聖女だろうが何だろうが他の女になびいているのに、笑っていられる女がいてたまるか。

 嫉妬して、当たり前じゃないか。

 相手の女に釘をさして何が悪い。


(国で一番上の令嬢だぞ、わざわざ元平民の娘相手に、自ら動くなんて健気すぎる!)


 それもこれも、すべて婚約者である第二王子を愛しているからじゃないか。

 それをあのクソ王子は…!


 愛する婚約者に裏切られた哀しさで、魔竜を呼んだベアトリス。

 そのベアトリスを、聖剣で突き刺した王子。

 傍で見ていた聖女は泣きながら、王子に抱き着いた。

 そのまま熱い抱擁を交わす2人…

 そこにベアトリスの死体が転がっているのに…

 

 許さない…

 絶対にこの二人は許さねぇ!

 俺はゲームの神に固く誓っていた。



 

 それからひと月して、『闇リベ』にクリスマス用追加イベントが配信されるという噂が流れて来た。

 しかも、『魔王ディートリヒ』関連だという。

 俺の鼓動は激しくなった。

 なんでクリスマスに聖女じゃなく魔王なんだ?と思わないでもなかったが、基本的にゲーム業界なんて何でもアリである。


 次に入って来た噂は、ルート全てを攻略したユーザーのみに、『魔王』とベアトリス or 『魔王』と聖女候補の、魔界ハッピーエンディングが見られるようになる、というものだった。


 興奮を通り越した俺は、イブの前日から食料を買い込んで部屋にこもり、ゲーム機を抱えて、ただひたすら配信を待ちながら再プレイしていた。


 だが噂は、ガセだった。


 クリスマス更新はあったが、ミニスカサンタコスしたヒロインと攻略対象者達のクリスマスパーティスチルだった。


 不眠不休で迎えたクリスマスの夜、公式によって完全に噂を拒否された俺は、一人むせび泣いた。


「…なんでよりによって、ヒロインなんだよ…せめて聖女候補なら、いや、聖女候補は、あんなはしたない格好しないよな…もちろんベアトリスも…。…だけど、だけどさぁーーー!見たかった。見たかったんだよぉー!!!何でもいいから!幸せなディートリヒ様を見たかったよぉぉぉーーーーー…」


 そしてアクリルスタンド(公式ショップ)や、ゲームでディートリッヒやベアトリスがしていた指輪やネックレス(自主製作)を置いた、彼らの祭壇前に用意していた、シャンパンやワインをがぶ飲みし、泣きながら鶏をかじりケーキをむさぼり…そこから記憶がない。


 三日間寝ずに、その後暴飲暴食すれば…まぁ、何があったかは、推して知るべしである。


(その前も休みを取るために、バイト連勤したしなぁ…)


 コスプレを知って人生が変わり、『ディートリヒ様』を知って、文字通り生活に潤いが満ちた。

 …おそらく、たくさんの人に迷惑をかけてしまったが、それでも後悔できない前世だった。



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