第4話 前世はオタク ~侯爵子息土下座編



 目の前には、いつ見ても麗しい、僕の婚約者が立っていた。

 だがその口元には、貴族学園で『慈愛の女神』と讃えられた微笑みはない。

 氷を思わせる、美しくも冷たい闇のナニかを浮かべている。

 だが、この微笑を『俺』は知っている。

 前世で、ゲーム画面で、何度も観たヤツだ。

 そう、『蒼二ティ』の悪役令嬢が、魔物を呼び出す時なんかに…






 僕の前世はオタクだった。

 身も蓋もないが、そうとしか言えない。


 ただ、ゲームやアニメを観たりするより、それに準じた小物を集めたり作ったりするのが、どちらかと言えば好きだったので…コスプレにどっぷりハマる事になったのは、不可抗力と思いたい。


 最初はノリだった。

 アニメ系の同好会に入り、学祭用に渡されたアニメキャラの衣装を着て、鏡の前に立つと、カァーッと身内からこみ上げるモノがあった。

 素質があったんだと思う。


 こういうのは恥ずかしがる方がみっともないんだと開き直り、オタクのこだわりそのままに、掘り下げてメイクやポーズの研究をした。


 そのうち、市販の衣裳の完成度が気になりだし、自分で手直ししたりしている内に


『リメイクすれば、あのキャラも出来そうだな』

『もっと裾を広げ、襟を立てたらソレらしくなる…』

『このキャラなら、こんなものを持っててもおかしくない』


 と、ミシンを買い

 革を加工する道具を買い

 カツラや化粧品を買い揃え

 バイトを増やし…


 …気が付いたら、自分で製作した衣装を自分で着る系の、コスプレーヤー(レイヤー)になっていた。


 買い専だった同人誌イベントにもレイヤーとして参加するようになると、レイヤーの知り合いも増えた。

 同じ作品内のキャラを割り振り、集まって写真を撮る――いわゆる『合わせ』をするようになると、男のレイヤーが少ないのか、よく声がかかるようになった。




「ねぇねぇ、『闇リベ』のディートリヒ様やらない?」


 同人誌系イベントの終わり頃に、声をかけてきたのは、中堅どころの女性レイヤーさんで、話をするようになって驚いたことに、同じ大学の卒業生だった。


「ははは、アタシは卒業しても辞められなかったけど、アンタはどうするの?」


 俺は迷わず、


「就活として、衣装部のある所を回ってます!」


 と胸を張って応えるくらい、人生が終わ…決まってしまっていた。

 一度、都会で一人暮らししている次男の部屋を見た両親は、それ以降もう俺に何も言わなかった。

 優秀な兄弟がいて良かったという話である。


 ちなみに衣装関連の求人はあまりなく、非正規で大道具小道具のスタジオに潜り込めそうな感じだったが、トンカチより針が握りたいなーとか思ってた。




 先輩から誘われた『闇リベ』とは、タイトル『蒼炎界のエタニティ ~闇の魔王編』の略で、大抵のゲーム機でプレイできる人気ゲームだった。

 一応のくくりは乙女ゲームだったが、RPG要素が強く、男性ユーザーも多いとのことだった。


 自分は未プレイだったので、先輩からゲームを借りてやってみると、成程面白い。

 進め方は正直『イラッ』とする事もあったが、凝ったゲーム背景とストーリー、何よりキャラクターが魅力的だった。


 特にラスボスの、『ディートリヒ』!


 申し分のない美貌みてくれと魔力を兼ね備えた、何不自由ない公爵家の令息。

 婚約者は国一番の美姫とうたわれる、王の愛娘…にもかかわらず、隣国で無残に殺された妹の復讐に燃え、全てを捨てて魔神と契約し魔王になった青年。


 正体や背景が明らかになるのはゲームの後半だったが、それまでも妖しい美しさと深い哀しみを醸し出す存在感で、ユーザーを惹きつけていた。


 俺も例外ではなく、意味深な影や台詞に誘導され、どんどん引き込まれていき、キャラの全貌が明らかになった時には、完全に『攻略』されていた。


 もちろん、女性人気もめっちゃあるキャラクターなのに、彼はいわゆる『攻略対象者』ではなかった。

 まぁ、復讐がアイデンティティな彼を攻略しても、バッドエンドしか望めないからだろう。


 俺は喜んで『ディートリヒ』の衣装や小物を作り、『闇リベ』の合わせにもノリノリで参加した。


 決め台詞として、


「すべて消えればいい…あの子を苦しめた世界など、何の価値もない」

「もうすぐだ…もうすぐお前に会える。ベアトリス…」


 等、病めるシスコンの妄言を、バンバン仕入れて行ったが

 先輩から借りた『闇リベ』同人誌にあった、元婚約者であるヒロインに向かって言う、


「笑わせるな…私がお前を愛することなど、決してない!」


 の台詞が、ことほかウケが良かった。



 …自分自身も、気に入っていたこの台詞セリフ

 調子に乗って多発していた事が、来世の恐ろしい事態につながるなんて。

 当たり前だが、カケラも考えが及ばなかった『俺』でした。




 合わせでの先輩の衣装は、『闇リベ』の聖女候補(『闇リベ』には聖女はいない)で、中身を知ってる自分には今一つ似合ってると思えなかったが、彼女曰く


「『闇リベ』には、悪役令嬢がいないんだから仕方ないじゃない!」


 とのことだった。


 先輩は『悪役令嬢』のとがった衣装が好きで、いつもそっちを選択しているらしい。

『闇リベ』のヒロインは、ディートリヒの元婚約者の王女様で、普通は彼女が『悪役令嬢』ポジションになるらしい。


 俺の知っている『悪役令嬢』とは、ヒロインのライバル関係にある女性キャラの事だった。

 つまりそれなら、今回は『聖女候補』がそうじゃないか?と思ったが、違うらしい。


「悪役令嬢はヒロインのライバルというより、彼女を積極的に邪魔する存在なのよ」

「積極的に邪魔ですか?」

「そう。大体メインヒーローの婚約者が多いわね」

「あーなるほど。ヒロインに男を取られるんスね」


 先輩はおごそかに頷いた。

 そりゃとがったファッションになる、と俺は納得した。


「あ、ちょっと待って!」


 先輩はそう言うと、足早に人ごみに消え、すぐに一人の女の子を連れて来た。

 彼女はややゴスロリっぽい、黒と紫のレースをふんだんに使った、ひざ下ワンピースとヘッドドレスの衣装を着ていた。


「これ、この子が『アオ二ティ』の悪役令嬢、ベアトリスのコスプレ!」


 なるほど…と思ったところで、俺はハッとした。

 ちょっと待て、ベアトリスと言う名は…!


「『ディートリヒお兄様』ですね。初めまして『ベアトリス』です」


 彼女はかわいらしく笑って、俺にそう告げた。

 これは、俺が初めて『蒼二ティ』に触れた瞬間だった。





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