第2話 クエストは完遂したんだが…
「今の公爵家には、父上がいれば万全です。私は父上がご健壮な内に、見聞を広めて来たいと思います。『未来の公爵家』の為に!」
「おぉ、『未来の公爵家』の為に、か!」
感動に打ち震えた父を見て、多少良心が咎めたが、間違ってはいない。
ベアトリスが悪役令嬢になれば、公爵家とてただでは済まないのだ。
「お兄様がいなくては、ベアトリスは生きていけません! 行かないでください!」
泣いて縋ってくるベアトリスを、『すぐに戻って来るから』と断腸の思いで引きはがし、信頼できる公爵家の従者と向かう先は、ゲームのラスボス、暗黒竜のいる谷だった。
途中の街や、冒険者ギルドでクエストに必要な仲間を集め、苦難の末暗黒竜を倒すことができた。
ゲームでは聖剣を使う王子や、チートな騎士、魔法使いやらが一緒で、それでもスキルを磨いたりして苦労するのだが、何と言っても私には暗黒竜を倒した知識がある。
弱点も知っているので、正直に言えば、自分一人でも倒せたんじゃないかと思う。
だが、ヒロインが仲間にする予定の人物達を、先にこちらの味方にしたかった。
クエストの成功条件は、『暗黒竜を倒して、隠されていた蒼炎竜の卵を手に入れる』ことだ。
この、蒼炎竜の卵を孵すのに、『聖女』の力が要る。
『聖女』としての力の片鱗を見せた平民のヒロインを、貴族の養子にして学園に入れるのはこの為だ。
蒼炎竜は千年に一度蘇る竜で、この世界に『精霊の恵み』をもたらす。
この『精霊の恵み』がないと、この世界は滅ぶ仕組みだ。
滅んだ後の世界を望む魔神の呪いによって、蒼炎竜が蘇る頃に、暗黒竜が生まれれるようになっている。
皆で、暗黒竜がいた
私が卵を拾うと、卵は徐々に光を増していった。
「この卵は『光』の魔力に反応するんだ」
私が説明すると、冒険者たちが驚く。
「お前、『光』も持ってるのか!?」
この世界の人間は、程度の差こそあれ、『地水火風』どれかの魔力を持っている。
『闇』と『光』の魔力は特別で、何十年に一人出るか出ないかの確率だ。
「少しだけどね…多分、この卵に吸われて無くなると思うよ」
そう言うと、彼らは惜しそうな顔をしたが、旅の目的は最初に説明してあった。
蒼炎竜を孵す事が、何より大事だ。
程なくして、目を開けていられない程の光が、卵からあふれ、優美な蒼い竜がその場に現れた。
先刻倒した暗黒竜と同じ大きさに、思わず後ずさる人間達に、竜は微笑んだ気がする。
『大儀であった』
耳でなく頭に直接言葉が伝わって来た。
再び強い光が辺りを照らすと、もう目の前に蒼炎竜はいなかった。
「お!」
戦いで負った怪我が、全て治ってることに気づいた皆が歓喜の声を上げた。
悪役令嬢だけでなく、悪役令嬢の兄もスペックが高かったらしい。
妹だけでなく、私の身の内にも『地水火風』全てと、『闇』と『光』の魔力があった。
ゲームでの、ベアトリス破滅パターンの中で最悪の事態は、その『闇』を使って暗黒竜を都に呼んでしまう事だ。
ヒロイン&攻略対象者たちと暗黒竜とのバトルの途中で、ベアトリスは王子の聖剣で刺される。
『ずっと…お慕いして…ました…』
の台詞に号泣したのは、私だけではなかっただろう。
ゲームのまとめサイトでも、阿鼻叫喚のコメントがあちこちで見られた。
この時、画面上ではヒロインもめそめそ泣いていたが、その後王子と抱き合うのだ。
ベアトリスの屍の近くで!
何があってもお前ら二人は許さん!!と、あの夏固く、『俺』は誓った。
クエストを共にした仲間たちとは、その場で少し休んでそれまでの思い出を語り合った。
塒の宝物を幾つか持って帰るので、私が用意していた報酬はいらないと拒否された。
「金が無くなったら、またここに取りに来ればいいさ!」
ここに来るまでには強い魔力を吸う魔法陣が幾つかいるので、再びたどり着くのは容易ではないだろう。
結局持ち出したのは、小物袋に入る分だけだった。
過ぎた富は身を滅ぼすを、心のどこかで知っているのだ。
さすが主人公のパーティメンバー(一部)、気のいい奴らだった。
ベアトリスの幸せを見届けた後なら、冒険者になって、この世界を回るのもいいと思う。
父親は、あと20年くらい持ちそうだし…。
半年近くかかってしまったが、屋敷に戻ると、さらに美しさに磨きをかけたベアトリスが走って来た。
「お兄様…!お帰りなさいませ…」
勢いよく抱き着き、泣き始めた妹を、私は優しく抱き返した。
「…淑女のすることではないよ?」
と言葉だけ窘めると
「…しゅ、淑女である前に、お、お兄様を愛する妹です…」
と返されて、不覚にも涙が込み上げて来た。
この子を絶対に『悪役令嬢』にさせるものか、と改めて思う。
その為なら何でもやろうと。
蒼炎竜が生まれたことは、精霊教会によって正式に認知され、王家は『聖女』の捜索を止めた。
ぎりぎり、ベアトリスの学園入学前だった。
それでも来るものなら来てみろヒロイン!と思っていたが、彼女はやってきた。
聖女候補としてでなく、男爵家に引き取られた妾腹の令嬢として。
「学園は楽しいかい?」
「はい!お兄様」
曇りのない笑顔に、ほっとする。
学園にいる公爵家
ヒロインはあっちこっちの男子生徒にフラフラしていたが、最終的に第二王子に狙いを定めたようだったようだ。
様々なアピールをしているが、王子に決まった相手がいないせいか空回りしているらしい。
王室からは何度も、ベアトリス宛に王妃の茶会への誘い(王家の妃としての審査会)が来た。
第二王子の悪い噂(少し捏造)を耳に入れ、憤慨した両親が、すべて『体が弱い子なので、失礼があってはいけないかと…』と断りを入れている。
学園生活の中で、ベアトリスが選んだ伴侶は、侯爵家の次男だった。
容姿端麗で、剣の腕もなかなか。
成績はベアトリスと上位争いをする程だという。
やや出来すぎな彼は、実のところ忌避すべき『攻略対象者』の一人であったが、彼は多数あるルートの中でも、ベアトリスの断罪に一度も関わってないので、まぁよかろうと静観することにした。
ほぼ婚約が決まったとの事で、家に連れられて来た青年は、画面で何度も見たイケメン顔で、ある意味感慨深かった。
厳しい顔をしていたつもりだが、
「私の誰よりも大事なお兄様ですの♪」
とベアトリスに紹介され、思わず顔が緩んでしまった。
だが、相手は驚いたように目を見開き、こちらを見て…なぜか赤くなった。
「先ほどいただいたお菓子も、出してもらいますね!」
とかわいくつぶやいたベアトリスが部屋から出て行くと、部屋には彼と私が残された。
ソファセットの向かい合わせに落ち着いて、さて最愛の妹の彼氏に、どんな揺さぶりをかけようかと思っていたら、相手側から声が掛かった。
「あ、あの!ディ…ディ、ディートリッヒッ様!」
…おいおいおい、まぁ名前で呼んだのはいいとしよう。
シュタイナー様、だとベアトリスも父も母もそうだからな。
だが、なぜそこまでどもる。
むしろキョドってないかお前?
「…うん?」
一応返事をすると、相手の挙動はますます不審になった。
手で鼻と口元を押さえて震えている。
耳は真っ赤だ。
「大丈夫か?君」
これはもう何かの病だろう。
格上の公爵家との約束を破る訳にはいかないと、高熱があるところを無理して出て来たのでは…と判断をして、私は立ち上がり、彼の肩に手をかけた。
その瞬間、ぷつっ…と、何かが切れるような音が聞こえた。
相手の震えも、何故かピタッと止まった。
「大丈…」
「ディートリヒ様っ…!」
「はい?」
「あの、あ…ぼ、僕は、貴方を愛する予定はありませんからねっ!」
…
……
………頭の中が真っ白になった。
なんだこれは、現実か?イベントか?『俺』のゲーム脳が暴走したのか? 実は『蒼二ティ』はBL物だったとかか何かの呪いか…!?
様々な思考が高速で流れて行ったが、よく見れば相手も呆然としている。
しっかりしろ!
お前がおかしな事を言ったんだぞ!
「う…」
「う?」
「うあぁぁぁぁぁぁー…」
彼は唸り声を上げつつも、やけに丁寧に私の手を外して、床に付きそうな位頭を下げた。
「すいっまっせんしたぁぁーーー!!!」
体育会系な叫び声を残して、彼は一目散に部屋を出て行った。
アイツ騎士団員だったっけ…?
やがて声を聞きつけたベアトリスや家人が、バタバタ部屋に入って来るまで、私も呆然とその場に立ち尽くしていた。
「お兄様!何かありましたか!?」
「ディートリヒ様、ご無事ですか!?」
熱があったのは確かだろうが、あのセリフは何か…
微妙に聞き覚えが…ううん。
幻聴だな、うん。
だが…
ベアトリス…お前の幸せだけを想ってるお兄ちゃんだけど、アレは、ちょっと心配だなぁ…。
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