「あなたを愛することはない」と妹の彼氏から言われました ~お兄ちゃんはその男ちょっと心配だな

チョコころね

第1話 ゲームにいない兄


 己が転生者と気づいたのは、3歳下の妹が生まれた時だった。

 妹の、深紅の髪と瞳を見た時、


『あ、コレって「アオニティ」の悪役令嬢、ベアトリス様と同じカラーリングじゃん!』


 と頭の中で、何かが騒いだ。


『蒼炎界のエタニティ』略して「アオニティ」は、前世で姉がハマっていた乙女ゲームだ。

 高給取りだった姉によって、バイトとして雇われた『俺』は、高二の夏をこのゲームに捧げたと言っても過言ではない。


(タイトルを聞いて、普通のRPGだと思ったんだよ…)


『俺』の仕事は、主にイベントが起こるまでだった。

 様々な分岐をチェックし、全攻略対象者のルートを次々進めて行った。


 ベアトリス・シュタイナーは、攻略対象者の一人メインルート、第二王子レオンハルトの婚約者で、悪役令嬢だった。


 冷たい両親の元育てられたベアトリスは、親に愛される為と、足りない愛情を欲してと、二重にレオンハルトに執着する。

 美しく優秀だが、重い愛ゆえに煙たがられた彼女は、自分と正反対の天真爛漫なヒロインに王子を奪われ、取り返そうとあがいて破滅する…というパターンだ。


 幸か不幸か、詳細な前世の記憶など湧いてこない『私』の頭が、このゲームの概略だけでも覚えているのは、あの夏が相当キツかったからだろう。


(睡眠不足で熱中症になって、倒れたりしてたな…)




 今の『私』は、ディートリヒ・シュタイナー。

 シュタイナー公爵家の長男だ。


 先々月は、第二王子が生まれたと、王家から発表があった。

 名前は、ゲーム通りの『レオンハルト』。

 そして、妹が『ベアトリス』と名付けられると、この世界がアレだと確信したのだが、一つ疑問があった。


悪役令嬢ベアトリスに、『兄弟』なんていったけ?)


 どうしよう、自分の存在が分からない。

 ゲームに出て来なかっただけで、存在していた可能性もナシじゃないが…


 だが、この疑問に関しては、程なく答えが出た。

 妹の誕生から5年後、隣国の伯父が、私を養子にもらいたいと言ってきたのだ。


 母は元、隣りの国の公爵令嬢だった。

 母の兄である公爵夫婦には、長い間子供が出来ず(愛人も持たず)、何度か会ったことのある自分が気に入られたという訳だ。

 

 シュタイナー公爵家の男子も、私だけなのだが、伯父曰く


『ベアトリスとそちらの第二王子を結婚させて、シュタイナー公爵家は彼らに後を継がせればいい』

『ディートリヒには、こちらの公爵家を継がせ、王女との縁組を用意しよう』


 とのことだった。


 第一王子が即位すれば、第二王子は臣下にくだる。

 大抵は一代公爵家を作ったりするのだが、臣下の家に婿として入るコースもあった。

 実際嫡男ディートリヒがいなければ、そっちのコースで、第二王子とベアトリスと婚約は決まっただろう。


 娘は王子を婿に、息子は隣国の公爵家で王女を娶る…適度に俗物である父は、このロイヤルあふれる提案にグラグラ揺れた。


 だが、俗物である故にシュタイナー公爵家おのれの跡目は、己の息子に継がせたい思いも強かった。

 悩みに悩んだ、父は私に直接尋ねた。


 自分はこの時8歳である。

 相談というより、一応気持ちを聞いておこう、くらいの気持ちだっただろう。


 だが私の中身は、ゲームの記憶を持つ成人済(おそらく)の男子である。

 ここで養子に出され、ベアトリスの側を離れるなんて冗談ではない。


 私は、シュタイナー公爵家がいかに歴史ある素晴らしい家か(ゲームでベアトリスがマウントを取るため自慢したアレコレ)、自分がどれほどこの家を愛しているかを、熱く語った。


 感動した父は、『お前のようにこの家を愛している息子を、どこへもやるものか!』と、私の両手を握りしめた。

 8歳のするプレゼンではなかっただろうが、単純な父親で良かったと思う。


 私のシュタイナー公爵家残留が決まったおかげか、ゲームでは6歳の時に結ばれた筈の、ベアトリスと第二王子の婚約は立ち消えになり、私はかなりほっとした。


 だが、まだベアトリスが、第二王子の婚約者候補筆頭であることには変わりはなかった。



 

 公爵家の娘であるベアトリスには、生まれた時から乳母と侍女が付いている。


 最初の頃、母親はベアトリスに触れるどころか、顔も見に来ることはなかったが、何かにつけ自分が誘い、5度に1度は一緒にベアトリスの元へ行くようになった。

 そのたびに、『かわいいですね』『きっとキレイになりますよ』『母上のように』と囁けば、悪い気はしなかったのだろう。

 5度に1度が3度に1度になり、気が付けば母は、自からベアトリスの部屋へ通うようになっていた。


 その後、母親が娘を気に掛けたことによって、父親も娘の存在に気づき始めた。

 ベアトリスが、母親と兄に懐いているのを見て、焦ったのか悔しくなったのか、自分から幼子に手を伸ばした。


 最初は怯えていたベアトリスだったが、私が『大丈夫だよ』と言って頭を撫ぜると嬉しそうに笑って、ついでとばかりに父の手にも触れた。

 あまりに小さい、柔らかい手に驚いている父親の顔が可笑しかったのだろう。

 ベアトリスがキャッキャッと無邪気に笑うと、父親の顔はとろけた。

 天使に微笑まれ、愛さずにいられる者はいないのだ。


 …元々、父も母も取り立てて冷酷という訳でなく、ごく普通の人だった。

 単に、当たり前の貴族として、娘に必要以上の興味を向けなかったのだろう。


 ほんの少しの誘導で、ベアトリスの周囲は明るくなり、幾つかのフラグが折れた。

 父は、王子の婚約者にしようとした事など忘れて、


『王家がどうしてもって言うなら考えるが、少なくとも16まではベアトリスに婚約者などいらぬ』


 と広言しだした。


 16は社交界デビューの歳だが、特に何も起こらず、ベアトリスはゲームの舞台になる貴族学園に入学した。

 家族の愛情を受け、すくすくと成長したベアトリスは、女神のように美しいのに笑うと子供のように愛らしいという、ギャップ萌…ミステリアスな美女に育った。


 容姿だけでなく、成績もトップクラス。

 悪役令嬢のスペックは高いが、生来の物だけでない。

 自ら、たゆまぬ努力で作り上げた、『愛され令嬢』だ。


 家で、使用人にも感謝の心をもとう!という誘導を、繰り返したおかげで、身分の低い者も差別せず、きちんと向き合う彼女は、瞬く間に全生徒の羨望あこがれの的となった。


 ――だが『聖女』が現れれば、全て覆ってしまうかもしれない。


 ゲームの強制力が怖かった私は、貴族学園を卒業した後、父を説き伏せ、『世間を知る』為に旅に出た。



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