第51話 ヒーローは手強い

 まずは手頃なお店で整髪料を買い、それでアレックスの髪を整えた。


 服はどうしようもないのだけど、髪型を変えるだけで、かなり印象が変わった。

 あら不思議。

 近所の悪ガキから、ワイルドな匂いを漂わせる美少年に。


 まあ、元々、ゲームのヒーローなのだから美少年なのは当たり前だ。

 そして、そんな美少年であるアレックスと、意図があるとはいえデートをする。


 ……うん。

 ちょっと緊張してきた。


 前世の私は、毎日乙女ゲームで遊んで、少女漫画と少女文庫を読んで、恋愛映画やドラマを見ていた。

 そんな生活を送っていたせいか、彼氏ができたことはない。


 それどころか、恋愛経験ゼロ。

 創作の中の恋愛に満たされていたため、現実でも恋愛をしようなんて思っていなかったのだ。


 そんな私が美少年とデートをしている。

 やばい。

 冷静になって考えると、けっこう緊張してきたぞ。


「アリーシャ、どうしたんだ?」

「……いえ、なんでもありません」


 アレックスに弱味を見せるのはなんだか癪なので、努めて冷静に答えた。


 いいぞ、私

 いつも通りの私を演じられていたと思う。


「では、準備ができたのでデートにしましょうか。まずは……」

「そのことなんだけど、俺が行き先を選んでもいいか?」

「アレックスが?」

「まあ、身なりがあんなだったから信用はないかもしれないけどな。ただ、俺なりにデートコースを考えてきたんだよ」

「そうですか……なら、お任せしてもいいですか?」

「ああ、任せてくれ!」


 若干の不安はあるものの、ここは男性を立てるべき。

 そう判断した私は、アレックスのデートコースを受け入れることにした。


 さて、どこへ連れて行ってくれるのだろうか?

 アレックスに期待しよう。




――――――――――




 ……アレックスに期待した私がバカだった。


「ここのホットサンドは、めっちゃうまいんだぜ!」


 彼に案内されてやってきたのは、噴水のある大きな公園だ。

 その一角に出店されているホットサンドを購入したのだけど……


 まさか、これがお昼代わりなのだろうか?


 いや、ホットサンドをバカにしているつもりはない。

 露店もバカにしていない。


 ただ、今はデートをしているのだ。

 デートだ。


 高級店とは言わないが、落ち着いた店内で、ゆっくりと過ごすのが普通だろう。

 それなのに、まさか露店で昼を済ませてしまうなんて……


「はあ……」


 こんなヒーロー、見たことない。


 元々、ゲームでも野生児なところが強調されていて、周囲を混乱させることがあったのだけど……

 ゲーム以上に、私を困惑させている。


 ある意味ですごいな、彼は。


「では、食べましょうか」


 不満はあるものの、文句を言い、空気を悪くしたくない。

 私は笑顔の仮面を被り、そのままホットサンドを……


「あ、待ってくれ」

「え?」

「こっちだ、こっち」


 アレックスに手を引かれ、公園の奥へ。

 丘を登り、その先にあるベンチに案内された。


 アレックスは笑顔で、ぽんぽんとベンチを叩く。

 ここに座ってほしい、ということか。


 不思議に思いつつベンチに腰を下ろすと……


「わぁ」


 思わず感嘆の声をあげてしまう。

 丘の上なので、街が一望できたのだ。


 街は大きく、遠くまで広がっていて、人の力強さを感じさせる。

 その上に、澄んだ青い空が広がっていて……

 自然に優しく包み込まれているような気がした。


 その光景は、まさに芸術。

 一枚の絵画のように完成されていて、思わず見入ってしまうほどに綺麗だった。


「へへ、どうだ? ここの光景、俺のお気に入りなんだよ」

「はい……とても素晴らしいと思います」

「そっか、よかった。アリーシャが俺と同じものを好きになってくれて、うれしいぜ」


 アレックスは少年のように笑う。

 でも、それこそが彼の一番の魅力で……

 今度は、アレックスの笑顔に見惚れてしまう。


「……ぁ……」

「ん? どうしたんだ?」

「……いえ、なんでもありません」


 いけない、いけない。


 私は、顔が熱くならないように気合で我慢した。

 言葉に詰まることなく、なんでもないとさらりと流してみせる。


 悪役令嬢という存在は、大抵の場合において、ヒーローに恋をするものだ。

 そして、主人公のライバルになり……というか、ヒールになって、ありとあらゆる嫌がらせをするように。

 最後は、破滅。


 アレックスに気をとられていたら、そんな未来がやってくるかもしれない。

 そんな未来だけは絶対に避けないと。


 故に、彼に見惚れるなんてこと、あってはならない。


 ただ……


「本当に、この景色は素晴らしいですね」

「だろ?」


 景色が素晴らしいことは本当なので、そうつぶやいた。


 すると、アレックスは自分が褒められたかのように、にっこりと笑う。

 子供のようだ。

 でも、それが彼の魅力なのだろう。


 飾らず、驕らず。

 ありのままの自分を見せる。

 それは、なかなかできることじゃない。

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