第50話 恋人のフリの練習

 実は、アレックスには私という恋人がいる。

 正式に婚約はしていないものの、将来、一緒になりたいと願っている。


 そう伝えれば、アレックスの父親は、今進めている見合いを喜んで撤回するだろう。


 ただ、すぐに話を進めるのは愚策だ。

 私とアレックスが本当に付き合っているかのように、仲が良いところを見せないといけない。

 まずは、本当に付き合っているように見させるため、それらしい練習をしなければいけない。


 ……と、いうわけで。

 今日は、アレックスとデートをしてみることにした。


「おはようございます、アレックス」

「お、おう」


 街の噴水の前で待ち合わせをするのだけど……


「はぁあああ」

「な、なんでいきなりため息なんだよ?」

「ため息の一つや二つ、つきたくもなります。なんですか、今の挨拶は? そして、なんですか、その服は?」


 練習という名目ではあるものの、今日はデートだ。

 それなのに、最初の挨拶が「お、おう」はありえない。


 それと、アレックスの服。

 パーティーではないのだから、礼装をまとえとは言わないのだけど……

 だからといって、いつもの私服というのはありえない。

 とっておきの服を着てくるものではないか?


 まあ、百歩譲って服がそのままというのは許せる。

 だがしかし、髪を整えることもないのはどうだろう?

 寝起きのまま放置しているのか、ところどころ髪が跳ねている。


 型に縛られず、粗野なところもアレックスの一つの魅力ではあるものの……

 でも、これはダメだ。


「挨拶がなっていません。それと、服がないとしても、その中で努力する姿勢を見せてください。少なくとも、寝癖くらいは直せるはずです」

「お、おぉ……悪い」

「まったく。女性と出かけるのですから、もう少し気遣いをしてください」

「悪かったよ。でも俺、今までデートなんてしたことないからさ。言い訳になるんだけど、どうしていいかわからないんだよ」

「あら、そうなのですか? アレックスならば、彼女の一人や二人、いると思いましたが」

「いるわけないだろ。俺は……平民だからな」


 そう言うアレックスの顔には陰りが。


 アレックスの言いたいことは、わからないでもない。

 この国は比較的穏やかなのだけど……

 それでも、貴族と平民の間に溝はある。


 差別が行われることがあり……

 時に、目を背けたくなるような、どうしようもない事件が起きることもある。


 それはわかる。

 理解できる。


 でも……


「アレックスは、もっと前を見ていてほしいです」

「え?」

「あなたの言うことはわかるのですが、しかし、アレックスは強い人です。そのような方が下を向いてしまうところは、なかなかに耐えられないものがあります。前を向いてください」

「アリーシャ、お前……」


 アレックスは目を大きくした。


 ともすれば、今の私の台詞は彼をバカにするもの。


 世のことは考えなくていい。

 そんなものは気にしないで、己の好きなようにしてほしい。


 そう言ったのだけど……

 言い換えれば、自由奔放なバカであれ、というものだ。

 普通の人ならば、バカにされたと思い、怒るだろう。


 でも、アレックスならば……


「……はは」


 アレックスは小さく笑った。


「この世界で、身分の差を気にするな、って言うのか? 俺は俺で、余計なことを考えなくていい、って?」

「はい」

「それは、つまり……俺らしくあることを貫いてみせろ、っていうことだよな」


 よかった。

 アレックスは、私の言いたいことを正確に理解してくれたみたいだ。


 貴族だとしても、平民だとしても。

 身分の差はあれ、結局のところ、一人の人間だ。

 本質的なところはなにも変わらない。


 そこをきちんと理解すれば、この先、なにが起きても問題はないだろう。

 周囲に流されることなく、己を貫くことができる。

 それは、この世界において、とんでもなく大きな『武器』となるだろう。


「……なあ、アリーシャ」

「はい」

「ありがとな」


 ちょっと照れた様子で、アレックスは軽く視線を逸らしつつ、そう言った。

 その頬は赤い。


「ふふ、どういたしまして」

「なんで笑うんだよ?」

「最初、あれだけ私につっかかってきたアレックスが、こんな風にお礼を言うなんて、思ってもいませんでしたので」

「あれは……!? あー……くそ。アリーシャって、意外と性格悪いな」

「あら、今、気がつきました? だって私、悪役令嬢ですから」

「あくやく……?」

「なんでもありません」


 微笑み、ごまかしておいた。


「よし。それじゃあ、デートに行って、恋人らしい練習をするか!」

「元気が出たのはなによりですが……まずは、寝癖くらいは直してくださいね?」

「う……す、すまん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る