第47話 ばーかばーか

「なっ!?」


 突然バカと言われ、アレックスが驚いた。

 そんな彼に、さらに言葉を重ねる。


「ばーかばーか」

「な、なんだと!?」


 アレックスが怒るのだけど……

 でも、私の方が怒っていた。


「どうして、そのような話を一人で抱え込んでいたのですか? どうして、私やフィーに話してくれなかったのですか?」

「そんなこと、話せるわけないだろう……」

「なぜ? 友達なのに?」

「それは……」


 私が怒っている理由は単純。

 私達は友達なのに、なにも話してくれなかったからだ。


 アレックスは、私達のことを気にしているのだろう。

 迷惑をかけられない、巻き込みたくない。

 なんだかんだで優しい彼のことだから、そんなことを考えているに違いない。


 でも、それは無駄に考えすぎているというものだ。


「友達からこそ、話せないんだよ……俺の問題なのに、迷惑なんてかけられないだろ」

「ばーかばーか」

「なっ、また言いやがったな!?」

「何度でも言いますよ」


 まったく……どうしてこう、頭が固いのか。

 いや。

 頭が固いというよりは、プライドが高い。


 誰かに頼ることは恥じゃない。

 迷惑をかけることを気にしているようだけど、でも、それは言い訳だ。


 本当に困っているのなら、黙っている余裕なんてない。

 なりふり構わず助けを求めるはず。

 それができないということは、プライドが邪魔をしているからに他ならない。


「いいですか、アレックス」

「お、おう……」


 私の圧に押されるかのように、アレックスはおとなしくなる。


「隠し事をすることは問題ありません。どれだけ親しくても、隠しておきたいことの一つや二つ、ありますからね」

「そ、そうだよ。だから俺は……」

「ですが、悩み事を隠しておくのはダメです」

「うっ……」


 睨みつけられて、アレックスが怯む。


「水くさい、の一言に尽きます。もちろん、意味はわかりますね?」

「……」

「そういう時は友達を頼ってください、一人で抱え込まないでください」

「でも、俺は……」

「先日のフィーの誕生日。あなたは、どう思いましたか?」

「あ……」


 フィーは悩みを抱えていて、でも、それを誰にも打ち明けられずにいた。


 その時のことを思い出したのだろう。

 アレックスは、なんともいえない微妙な顔に。


「友達が苦しんでいるのに、なにもできない。それはとても辛いことです。そんな想いを友達に押し付けるようなことはしないでください」

「……はぁ」


 ややあって、アレックスはため息をこぼした。

 色々な感情が込められた、複雑なため息だ。


 ただ、その顔はどこかスッキリとしていた。


「そうだな、そうだよな……悪い、俺が間違っていた」


 素直に謝り、そして頭を下げる。


 アレックスはプライドが高いけれど……

 でも、こうして素直に謝ることができる。

 それは彼の美徳だろう。


 私はにっこりと笑う。


「はい、許しましょう」

「あー……ったく、ホント、アリーシャには敵わないな」

「ふふ。私の方が年上ですからね」

「それだけじゃない気もするが……まあ、今はいいか」


 アレックスは苦笑して……

 次いで、真面目な顔を作り、こちらをじっと見つめてくる。


「俺は、あんな男に道具として使われたくない」


 あんな男、というのは父親のことだろう。

 自分と母を捨てたことに対する嫌悪が表情に浮かんでいた。


「ただ、俺を助けてくれた教会に恩返しもしたい」

「……教会の運営は、それほどまでに厳しいのですか?」

「わりとキツイな」


 アレックスの話によると……


 毎月、赤字が出てしまっているらしい。

 その原因は、養う孤児が増えたからだろう、と考えている。


 だからといって、孤児を放り出すわけにはいかない。


 いざという時のために蓄えてきた財産を使い、なんとかしのいでいるが……

 それも限界。

 そう遠くないうちに、教会の財政は完全に破綻してしまうだろう。


 そうなれば終わり。

 教会は解体。

 孤児達は行き場を失い、元の浮浪児に戻ってしまうだろう。


「俺はいいんだ。それなりの歳だから、力仕事でもすればいい。でも、子供連中はそんなことはできない」

「そうですね、とても難しいでしょう」

「俺にとって、教会は家で……あいつらは家族のようなものなんだ。どうにかして守ってやりたい」


 「だから」と間を挟み、アレックスは頭を下げる。


「力を貸してください!」

「はい、もちろん」


 私は笑顔で頷いた。

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