第42話 もう一つの謎

「……」

「……」


 短剣を手にするネコと視線を交わす。


 にらみ合う、というわけじゃない。

 いつものように、のんびりと話をするように、友達として見る。


「怖くないの?」

「もちろん、怖いに決まっているじゃないですか」


 前世でも短剣を突きつけられる経験なんてない。

 あとひと押しで私は死んでしまう。

 そう考えると、すごく怖い。


 だけど……


「ここで退いたら、ネコがいなくなってしまうような気がします。私には、その方が怖いです」

「なに、を……」


 ネコの瞳に迷いが生まれる。


 いや。

 最初から迷いはあったのだろう。

 それを巧妙に隠していただけ。


 私が予想外の反応をするものだから驚いて、ついつい隠していたものがあふれきた……というところかな?

 ネコはけっこうわかりやすいのだ。


 そんなネコだからこそ、私は好きになった。

 ゲームとか前世の記憶とか、そういうのは関係なく……

 友達になりたいと思った。


 だから、ここで退くわけにはいかない。


「私を殺すか。それとも、諦めて私の味方になるか。決めてくれませんか?」

「え? いや……え? 後者の選択肢はどういうこと……?」

「私の味方になるのならば、ネコを保護することを、クラウゼン家の名において約束しましょう」

「……」

「ネコは、好き好んで暗殺者をしているわけではないのでしょう? 今回のことも私怨などではなくて、命令されて仕方なく、という感じでしょうか」

「そんなこと……ないし」

「わかりますよ。こういう時のネコは、とてもわかりやすいのですから」


 短い付き合いだけど……

 でも、彼女のことはよく知っているつもりだ。


 前世の知識がある。

 それだけじゃなくて、一緒に過ごすことで色々な顔を見てきた。


 時間は関係ない。

 どれだけ密度の高い付き合いができたか、というところに問題は集約される。


「でも、私は……」


 ネコは、迷うように視線を揺らした。

 あとひと押し、というところかな?


 なんだかんだで、ネコは真面目な人なのだ。

 暗殺者なんて務まらない。

 人を殺すなんて無理。


 なら、私が守ってあげないと。


「ネコ」

「っ!?」


 私はネコを抱きしめた。


 そんなことをしたら短剣が突き刺さるのだけど……

 私の行動をいち早く察知したネコが短剣を引いて、難を逃れる。


 うん。

 ネコなら絶対にそうすると思っていた。


「な、なんて危ないことを……!」

「ふふ、どうしてネコが怒るのですか? 私を殺すのでは?」

「そ、それは……」

「ほら、ネコはそういう人です」

「……」


 反論できないという様子で、ネコは体の力を抜いた。

 その手から短剣が落ちて、カランという音が響く。


 それが彼女の意思だ。


「もうやめましょう?」

「でも……」

「私がなんとかしてみせます。いざとなれば、ジークさまも巻き込んでみせます。だから、暗殺者ではなくて、私の友達に戻ってください」

「……いいの、かな?」

「問題ありません」

「まだ仕事を成し遂げたことはないけど、でも、暗殺者であることは変わりないし……私が一緒にいたら、アリーシャに迷惑をかけちゃうかも……」

「そうですね。でも、友達なら問題ありません。友達のためなら、がんばることができますから。苦労もうれしいものですよ?」

「……アリーシャ……」


 そっと、ネコは私を抱き返してきた。

 そして小さくささやく。


「……ありがとう……」


 ネコの瞳から一粒の涙がこぼれた。


 たぶん、彼女は今まで泣くことを許されなかったのだろう。

 我慢して我慢して、耐えて耐えて……

 そして今、ようやく泣くことができた。


 これからたくさん、彼女の心につけられた枷を解いていきたいと思う。


「えっと……」


 ややあって、ネコは私から離れた。

 ちょっと気まずそうな顔をしている。


「私のために、っていうのはうれしいんだけど……ただ、一つ問題があって」

「問題ですか? 裏の組織のことなら……」

「あ、ううん。組織は関係ないの。私のことで秘密があって……」

「なんでしょう?」

「あー……」


 ものすごく迷い、時間を貯めて……


「実は私」

「はい」

「……男なんだよね」

「はい?」


 衝撃の事実を告げられた。

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