16・きっと最後は俺の勝ち

 魔王を討伐して十年が経過した。

 俺は王国から程近い領土の領主となり、毎日忙しく働いている。

「あなた、少し休憩しましょう」

「んー······そうだな」

 領主邸執務室で俺は背伸びをし、妻の一人であるナルフェが淹れた紅茶を飲む。すると、ナルフェが俺の背後に回り、肩を優しく揉んでくれた。

「毎日毎日御苦労様です」

「ああ、ありがとな。これもぜーんぶ愛する妻達の支えあってこそだよ」

 ナルフェは肩を揉む手を休め、小さく息を吐く。

「どうした?」

「······いえ、あなたが魔王を倒してから、十年経つんだなと」

「もうそんなに経った······よな。忙しくて時間の流れが曖昧だぜ」

 魔王を倒した俺達は、国を巻き込んで盛大な結婚式を挙げた。

 誰もが祝福してくれたし、国中の酒樽が無くなるくらい盛大に宴会をした。おかげで『歴代最高の支持を集めた勇者』なんて言われ、歴史に俺の名が刻まれたらしい。流石に全国民の酒代を奢るなんて言ったのは不味かった。国の金庫の三分の一が酒代で消えたそうだ。

「さて、休憩がてら散歩してくるか。子供達の様子も見たいしな」

「はい、気をつけて」

 こう見えて俺は六人の妻がいて、子供は五人いる。

 まだナルフェだけ子供を授かっていない。顔には出ないがナルフェが気にしているのを俺は感じていた。だから立ち上がり、ナルフェの耳に顔を近付けて言う。

「今夜もよろしくな」

「······っ」

 ナルフェの顔が赤くなる。

 何度も抱いても初々しく、俺も凄く興奮する。

 早く子供が授かるように、俺もハッスルしますかね。




 俺が向かったのは、領主邸にある図書室だ。

 中の気配は二人、俺は気付かれないように忍び足で近付き静かにドアを開ける。するとそこにはやはり居た。

「では、今日はここまでです。お疲れ様です、ハリー」

「ありがとうございました、母さん」

 愛する妻ローラと、俺の息子ハリーだ。

 ハリーは八歳の男の子。ローラに似て勉強家で、毎日ローラに勉強を教わっている。俺としてはもう少し外で遊んでほしいけどな。

「兄さ······あなた。コソコソしてないで出て来て下さい」

「バレたか。というかローラ、いい加減に兄さんってのやめろよ? 夫婦なのに変だぞ?」

「し、仕方ないでしょう。それより、何か用ですか?」

「ああ。ハリーと遊ぼうと思ってな」

 俺は愛する愛息子ハリーを見る。

「父さん、仕事はどうしたんですか? 次期国王として領主としての経験の積み重ねは無視できない大事な事だと思いますが」

「あー、いや、今は休憩中で······」

「でしたら、休むべきだと思います。父さんの仕事が激務なのはボクも理解しています。仕事の効率を上げるために、仮眠を取るべきだと思いますが」

 か、堅い。我が息子ながら堅すぎる。

 思わずローラを見ると、ローラは苦笑する。

「ハリー、父さんは貴方と遊びたいんですって」

「しかし······」

「それとも、父さんと遊びたくない?」

「そ、それは······うわわっ⁉」

 俺は、ハリーを抱き上げて有無を言わさず肩車した。

 驚くハリーを無視し、一方的に言う。

「よし‼ 今日は仕事終わり‼ このままエリスとクレアのところへ行こう‼」

「え、ちょ、だ、駄目ですよ父さん‼ エリス姉さんとクレア姉さんは······」

「よーし行くぞハリー、掴まってろよ‼」

「えぇぇぇぇっ⁉ か、母さ」

「いってらっしゃい」

 にこやかに手を振るローラは、とても嬉しそうだった。




 俺はハリーを肩車したまま、町を歩いていた。

「おう領主様、寄って行くかい?」

「悪い、ちょっと行くところがあるんだ」

「······ああ、愛しの妻の店か。そりゃ悪かった」

「悪いな、今度飲みに行くからよ」

「おう、坊っちゃんもまたな」

「は、はい」

 酒場の前を掃除していた顔なじみの店主に別れを告げ再び歩くと、今度は駄菓子店のおばちゃんに引き止められる。

「こんにちは領主様、ハリーちゃんも」

「どうもおばちゃん、景気はどう?」

「こ、こんにちは」

「はい、こんにちは。景気はいいね、領主様のおかげで町に移住者がどんどん増えるから店は大繁盛さ」

「いやいや、景気がいいのはおばちゃんのお菓子が美味いからだよ。なぁハリー」

「は、はい。おば様のお店のシュークリームは絶品です」

「あーら嬉しい。ちょっと待っててね」

 おばちゃんは店に引っ込むと、紙の包みを抱えて戻ってきた。

 それを頭上のハリーに渡すと、にっこり微笑む。

「みんなで分けてね」

「おばちゃん、さすがに悪いよ、お金を」

「いーの、これは子供達のおやつよ。可愛い子供達にお菓子あげて何か問題あるかい?」

「い、いや······ありがとう」

 おばちゃんってこういう時は怖いよな。

 お礼を言って歩き出すと、ようやく目的地に到着した。

 この町で最も人気の喫茶店『フローラ』であり、愛する妻シャオとファノンとショウコが経営するお店だ。

「エリスとクレアは裏かな」

「うぅ······姉さん達と遊ぶと必ず怪我するんですよ」

 そう、シャオの娘エリスとファノンの娘クレア。

 俺の愛する可愛い娘。目に入れても痛くない娘である。

 喫茶店の裏は庭になっていて、エリスとクレアはよくそこで遊んでいる。

 喫茶店内は相変わらず混んでいるので、邪魔にならないように裏口から庭へ向かう。

「えいっ、やっ、はぁっ‼」

「しゅっ、しゅっ、しゅっ」

 いたいた。エリスは木剣を振るい、クレアは子供用の弓矢で訓練をしている。

 俺の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「おとーさん‼······と、ハリー」

「おとーさん、見て見て、わたしの弓矢のうでまえ‼」

「あ、ずるい‼ おとーさん、稽古をつけて下さい‼」

「はっはっは。落ち着け落ち着け」

 エリスとクレアの頭を撫で、順番に相手をする。

 クレアの弓矢の腕前を見てる時は、エリスがハリー相手に木剣を振るい、エリスの剣の稽古を付けてる時は、クレアがハリーに弓矢の使い方を教えていた。

「ね、姉さん達······ボク、限界です」

「もう、ハリーは男の子なのに体力なさすぎ‼」

「もっと筋肉つけないと‼」

「いや、ボクは頭脳労働が得意で。それに将来は父さんに仕える文官になりたいので」

「あたしは騎士団長になる‼」

「わたしはエリスおねーちゃんのぶか‼」

 俺は庭石に座り、駄菓子屋のおばちゃんからもらったシュークリームを子供達に渡す。

 四人で仲良くおやつを食べてると、裏口のドアが開いた。

「やっぱり、アークだったわね」

「ほんとだね〜」

「ふふ、お父さんですよ〜」

 エプロンを付けたシャオとファノン、そして赤ん坊を抱いたショウコだった。 

 俺は慌てて立ち上がり、ショウコに詰め寄る。

「お、おいショウコ、動いて大丈夫なのか? サクラは」

「大丈夫よ、全く心配性なんだから」

 生まれたばかりの赤ん坊で、俺の娘サクラ。

 俺は赤ん坊に指を近付けると、サクラは小さな手で指を握る。

「店はいいのか?」  

「ええ。他のスタッフに任せてるから」

「あのねおかーさん、おとーさんに稽古をつけてもらったの‼」

「あのね、おとーさんがね、上手くなったって」

「ふふ、良かったね〜」

 エリスはシャオのエプロンをグイグイ引っ張り、クレアはファノンにじゃれついてる。そんな様子を一歩引いた目でハリーが見ていた。まぁ五人中四人が娘だからその気持ちはわかる。

 ちなみに、この喫茶店『フローラ』は、シャオとファノンとショウコが共同出資して建てた店だ。

 勇者パーティーの三人が建てた店と言うことで繁盛し、ショウコの斬新なアイデアとファノンの料理、シャオの淹れるお茶の味は瞬く間に広がり、町一番の人気店となった。今じゃ店は拡張され、料理人やスタッフも増えて大忙しだ。

「ん······ちょっとハリー、怪我してるわよ」

 シャオがハリーのズボンを見て気が付く。確かに膝が赤いシミになっている。

 するとシャオはエリスの頭をグリグリする。

「え〜り〜す〜っ、またあんたはっ‼」

「ぎゃーっ‼ おかーさんギブギブっ‼ あたしだけじゃなくてクレアもいたよぉっ‼」

「いえ、これはエリス姉さんとの模擬戦闘で付いた傷です。クレア姉さんは弓矢の使い方を教わっただけですので」

 ハリーはとても正直だ。嘘の付けない性格でもある。

 俺はハリーを連れ、フローラの隣にある薬屋へ向かった。




 喫茶店隣の薬屋は、フィオーレ姉さんの店だ。

 ハリーを連れて店のドアを開けると、ふんわりとした微笑を浮かべ、愛する妻フィオーレが迎えてくれる。

「あらアークくん、ハリーくんも、いらっしゃい······あら、怪我してるのね?」

 さすがフィオーレ姉さん、すぐに気が付いた。

「いや、実は」

「ふふ、またエリスちゃんでしょ?」

 完全にお見通しだった。  

 すぐに傷薬の調合をするフィオーレ姉さん。ハリーはズボンを捲り、薬草を調合した消毒液を塗りたくると渋い顔をする。泣かないのは男の子だからか。

 手当が終わると、店の奥から小さな女の子が出てきた。

「ぱぱー」

「おお、愛しのフィーネ」

 ハリーよりも小さなフィーネを抱き上げ、柔らかい顔に頬ずりする。我が娘ながら可愛いすぎる。

「ふふ、お昼寝から起きちゃったのね。パパが来たのがわかったのかしらね」

「おぉぉ······なんてことだ。可愛いすぎる」

「父さん······」

 おっと、ハリーが呆れている。  

 すると、フィオーレ姉さんはハリーに言う。

「ハリーくん、手当ては済んだけど、少し休んだ方がいいわね。よかったらフィーネの相手をしてくれないかしら?」

「構いません。エリス姉さんやクレア姉さんに比べたら······」

「はりー、あそぼ」

 ハリーもフィーネは可愛いのか、グイグイ引っ張るフィーネに連れて行かれ薬屋の奥へ消えていった。

「ふふ、アークくんはどうする?」

「そうだな······一度領主邸に帰るよ。ハリーを任せてもいい?」

「ええ。一緒に連れて行くわ」

 帰る家は同じだし、フィオーレ姉さんに任せるか。

 俺は一人、再び町を散策する事にした。




 町を散策した俺は、町を見下ろせる高台にやって来た。

 周りに人は誰もいない。ここは俺だけの秘密の場所で、仕事で疲れたりしたときはよく来ていた。もちろん妻や子供達にも内緒にしてる。

「·········」

 ここの景色を見ると、思う。

 この十年で、町はかなり拡張した。

 勇者という肩書のおかげで移住者は増え、小さな国に匹敵するくらいに発展した。

 妻や子供達にも恵まれ、何不自由なく幸せに暮らしている。

 仕事は忙しく、恐らくあと十年後にはファビヨン国王へ即位するだろう。国王はまだ現役だが、娘息子の誕生を喜んでくれたし、子供達を見せに行ったら大喜びしてお小遣いまであげてたしな。

 俺の人生は、満たされている。

 だけどどうして······何か足りないと感じてしまうんだろう。

 まるで、人生という名のジグソーパズルがあり、最後の一欠片が欠けてるような······不思議な気持ち。

 ここまで幸せなのに、まだ何かを求めているのだろうか。

「あのとき、魔王を倒してから······か」

 不思議な喪失感。

 幸せだったし、満たされている。

 でも足りない、満たされているが、足りない。

「·········」

 俺は静かに目を閉じる。  

 思い出すのは、銀色の光。 

 柔らかく甘い、不思議な感触。

「·········あ」

 風が舞う。

 緑の匂いが鼻孔をくすぐる。

 そして、感じた。

「え······?」

 緑の匂いに混ざり、甘い香りが混ざっていたのを。それは懐かしく、俺の、アークの全てを刺激するような、不思議な香り。

 そして気が付いた。背後に誰かが立っていると確信した。

 俺は、ゆっくりと振り返る。

 



 最初は、全てを失った。

 次は、失ったけど手に入れた。

 その次は、手に入れたけど一つだけ選んだ。

 そして最後、俺は全てを手に入れた。

 様々なルートを巡り、俺の人生は可能性の道を進んだ。辛いこともあった、楽しいことも嬉しいこともあった。挫折しそうにもなった、諦めて死ぬことも考えた。

 でも俺は戦った、そして勝利をこの手で掴んだのだ。

 俺はこれからも勝ち続ける。

 たとえ負けても、最後まで諦めずに。



 

 諦めなければ、きっと最後は俺が勝つと、そう信じて。

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