15・繋がる世界と銀の声

 八龍を討伐し、魔王城への道は開かれた。

 魔王城と言っても暗黒の城が建ってるわけじゃない。魔王が住んでる穴倉の結界が開かれ、直接対決が出来るようになっただけである。

 魔王が八龍を生み出した理由は、復活したばかりである魔王の力の回復を専念するための時間稼ぎと言うのが伝承に伝わってる。まぁ確かに時間稼ぎは成功してる、だって八龍討伐に一年は掛かったからな。

 でも、魔王討伐の準備は着々と進んでる。

 魔王城周辺に湧き出た雑魚モンスターの駆除のため、王国兵を駆り出しての掃討、それに乗じて俺達勇者パーティーは魔王を討伐する。

 俺達勇者パーティーも、最後の仕上げを済ませた。

 現在、俺はシャオと二人で軽めの訓練を終え、食事を済ませてベッドの上で汗を流した。

「明日······」

「うん······」

 そう、明日は魔王を倒しに行く。

 王国兵を率いて魔王城へ向かう日だ。

「アーク、勝てるよね」

「ああ。それより、問題は花嫁衣装だ。俺としてはシャオは薄いブルーが似合うと思うんだが」

「······あんた、ほんっとに魔王なんて眼中に無いのね」

 裸で抱き合い愛を確かめ合った後なのに、俺らはどこまでもいつも通り。下手に緊張するよりこっちのがいい。

「何度も言ってるけど、俺は魔王なんてイベントさっさと終わらせて、結婚式を盛大に挙げたいんだよ。だからシャオ、お前も魔王の事なんてウダウダ言うのやめろって」

「·········はぁ、やれやれね」

 呆れているが、どことなく嬉しそうに見える。

 俺は再びシャオを抱き締め、明日に向けて『愛』を補給した。




 翌日。俺を先頭に、王国兵達は出兵した。ちなみに移動手段は馬だ。乗馬はあんまり得意じゃないんだけどね。

 俺、シャオ、ファノン、ローラ、ショウコが先頭、王国兵達は後方に位置してる。フィオーレ姉さんとナルフェは後方支援だ。

 情報通り、魔王城周辺にはおびただしい数のモンスターが集まっているようだ。

 戦術としては、俺が黄金のオーラで魔王ブリガンダインまでの道を切り開き勇者パーティーが突撃。集まって来たモンスターを王国兵に任せるという、なんともシンプルな作戦だ。

 間もなく目的地というところで、長らく世話になった騎士団長が傍にやって来た。

「団長、お疲れ様です」

「勇者殿、緊張なさらずいつも通りにお願いします」

「もちろん。あ、そうだ、騎士団長にお願いがあるんですけど」

「は、何なりと」

 たぶん、騎士団長も緊張してるんだろうな。

 ここで言うべき事ではないが、俺は敢えて笑顔で言う。

「俺が勇者パーティーのみんなを娶る事は知ってると思うんですけど」

「ええ、もちろん存じ上げております。魔王討伐が終わったら結婚式を執り行うとお聞きしてますが」

「はい。実は······その結婚式の余興を、騎士団長にお任せしたいんですよ」

「···············は?」

 騎士団長はポカンとしてる。

「騎士団長には、一発芸とか手品とかで場を盛り上げて欲しいんですよ。いやー良かった良かった、実は王様に相談したら、騎士団長なら引き受けてくれるって言ってたから」

「え」

「じゃ、当日は楽しみにしてますんで、よろしくお願いします」

 それだけ言って、俺はローラの隣に並んだ。

 騎士団長が凍りついてる気がするが、気のせいだろう。

「朗報だぞローラ、騎士団長が余興を引き受けてくれた」

「·······そうは見えないですが、あの、騎士団長が凍り付いてますよ?」

「ははは、きっと今からどんな芸をするか考えてるんだろうよ。楽しみだな」

「国王の名前をチラつかせて頼むなんて。あの真面目な騎士団長を脅すような事を」

「バッカ、騎士団長とはもう友人みたいな関係だろ? 余興の一つや二つ頼んで何が悪いんだよ」

「もう、兄さんのバカ」

 ローラはクスリと笑う。

 こんな状況なのに、どこまでもいつも通り。

 そして、目的地に到着した俺は、アンフィスバエナを抜く。

 本当に思う、さっさと終わらせたいと。

「開幕·······いくぜっ‼」

 魔王城の穴倉に向けて、俺は全力で黄金のオーラを飛ばした。

 太陽光みたいな輝きが地面を削り、穴倉を直撃する。

 それと同時に、モンスターが林の中からワラワラと湧いて出てきた。

「全軍突撃ーーーッ‼」

 騎士団長の号令のもと、王国兵達は戦闘に入る。

 俺は愛する嫁達を見て頷くと、全員が頷いた。

「さぁ、いくぜ‼」 

 雑魚モンスターをすり抜け、俺達は馬で駆ける。

 目的地はすぐそこ、魔王ブリガンダインのいる穴倉だ。




 そして、俺の攻撃で崩れた穴倉の前に化物がいた。

『来たか、人間·······いや、女神のワクチンよ』 

「うお、喋った」

「この姿、まさか······ローラ」

「はい。今まで倒した八龍の特徴が現れています」

 確かに、魔王は八龍を全て混ぜ合わせたような外見をしていた。ぶっちゃけ超気持ち悪い。

 俺はアンフィスバエナを構え······。

「··········ん?」

「アーク?」

「どうしたの〜?」

 アンフィスバエナの柄が、熱い。

 ドクンドクンと、剣の柄から鼓動を感じる。

 なんだこれ、なんだ?······なんだ?

『······改変、いや、これが正しい道なのか。なるほどな』

 魔王が何か言ってる。

 なんだこれ、なにかへんだ。なにかがおかしい。

 次の瞬間、何もかもが停止した。




 止まった。

 人も、魔王も、風も、鼓動も。

 俺だけが感じていた。停止した世界で俺だけが。


『改変完了。新しいプログラムを入力完了。この世界は本来の姿に······いえ、新しい世界に変わりました』


 声が聞こえた。

 俺はゆっくりとそちらを向く。


『お久しぶりです、アークさん』


 銀色の少女がそこにいた。

 俺はこの子を知ってる。でも知らない、知るはずがない。

 

『それでいいんです。このルートでは、私の存在がありませんから』

「るー、と?」

『はい。私が生み出したこの世界に生まれた命が、別の次元の世界に干渉した事により生じたバグ、それを修正する事によって私自らがこの世界に干渉しました。それによって《|世界(ルート)》が分岐して、様々な結末が生まれた······』


 何を言ってるのかわからない。

 でも、俺は知ってるはずなんだ。


『分岐したルートで得た情報を解析し、基本世界であるこの《|世界(ルート)》に修正パッチを導入しました。これにより、異世界召喚という別次元の干渉を可能にした、真の世界が生まれました。つまり、この世界こそが正しい世界なんです』

「·········」


 違う。

 俺の中の何かが、そう叫んでる。

 でも、わからない。何故かわからない。


『分岐した《|世界(ルート)》は続いていますが、基本世界が安定すれば消滅してしまうでしょう······でも、これでいいんです。バグに侵されてしまった世界は、いずれ消えてしまう運命ですから······』

「······がう」


 違う。違う。違う。

 違うんだ、違うんだ、そうじゃないんだ。


『アークさん、アンフィスバエナの力で魔王を倒して下さい。魔王というバグは完全に消すことは出来ませんが、アークさんの人生はきっと、素晴らしいものになりますから』


 そうだ、しあわせだ。

 この世界じゃない、別な世界での俺は。

 そうか、しあわせな世界があったんだ。


『さぁ、アークさん』

「ユノ‼」


 俺は叫ぶ。

 かつて共にいた少女に、愛した少女に、護れなかった少女に、生涯を共にした少女に向かって叫ぶ。


『え······』

「正しい世界とか、間違った世界とか······そんなの違う」

『ど、どうして記憶が······』

「ユノ、俺は······お前がいた世界が、俺と過ごした世界が間違ってるなんて思わない。バグだろうが何だろうが、俺はお前と生きて、しあわせだった。その世界を否定する事は、お前でも許さない‼」


 言葉が溢れてきた。涙も溢れてきた。

 ああそうか、分岐した世界······俺は、ユノを愛していた。

 幸せじゃなかった未来もあった。幸せな生涯を過ごした未来もあった。でもそれが異世界召喚というバグによって起きた未来だとしても、俺は幸せだったんだ。

 ユノは、本当に笑っていた。

 世界を修正するためのデータ集めだろうと、笑っていたんだ。


「ユノ、俺は、お前と一緒で······しあわせだった」

『······アーク、さん』


 ユノは、顔を押さえて泣いていた。そこにいたのは女神アスタルテではなく、俺の愛したユノだった。

 

『ふふ、奇跡ってあるんですね。創造主である私を超えた奇跡······こうして、私の知るアークさんとまたお話できるなんて、夢みたいです』

「俺もだ。理屈はわからないけど思い出せる、ユノと過ごした日々を」

『恐らく、ここがルートの狭間の世界だから······ううん、きっとこれは奇跡だから、それでいいですよね』

「そうだな、難しい事はよくわからんし」

『ふふ。改めてアークさん、この世界は異世界召喚をしてもバグが起こらない世界に生まれ変わりました。ショウコさんを元の世界に返すことは出来ませんが······』

「大丈夫。ショウコは俺の嫁だからな」

『はい······』


 会話が途切れてしまう。

 そして、別れが近いと理解してしまった。


『私が存在した《|世界(ルート)》が消えても、アークさんと過ごした時間は本物です』

「ああ、愛してるよ······ユノ」

『私も愛してます······アークさん』


 俺とユノの唇が重なる。

 甘く柔らかく、懐かしい味。

 きっと、この瞬間は永遠だ。

 最後に見たユノの笑顔は、とても輝いていた。




 ブワッと、生温い風が俺の身体をなぞる。 

「アークっ‼ しっかりしなさい‼」

「兄さんっ‼」

「アーク〜っ‼」

「アーク、目を覚まして‼」

 いつの間に倒れていたのか、俺は慌てて立ち上がる。

 キョロキョロと周りを確認して、傍らのローラに聞いた。

「あ、あれ? ここは?」

「兄さん、しっかりして下さい‼」

「ろ、ローラ? 俺は一体?」

「魔王のブレスから私達を庇ったんですよ、怪我は⁉」

「あ、いや······大丈夫、だ」

 記憶にない。

 ブレス? 庇った? 俺が?

 目の前には、バカでかい龍の魔王がいる。

 シャオが大太刀を振り回しながら魔王と渡り合い、ファノンが援護射撃をして、ショウコが盾でシャオをガードしてる。

 魔王の尻尾でシャオが弾かれ、地面をゴロゴロと転がり、ローラの位置まで後退した。

「くっそ、アーク、行ける?」

「··········」

「アーク?」

「下がってろ」

 なんだろう、アンフィスバエナが熱い。

 俺はゆっくりと前に出ると、剣を掲げた。

「女神アスタルテよ、その力を我に······『|聖鎧化(せいがいか)』」

 無意識に紡がれた言葉がスイッチとなり、アンフィスバエナが黄金に輝く。

 その聖なる光は、周辺のモンスターを一瞬で浄化し、俺の全身を聖なる鎧に包み込んだ。

「終わりだ」

『これが、女神の力か······っ‼』

 驚く魔王に向け、俺は全力で剣を振りかぶる。

 莫大なオーラが斬撃となり飛び、魔王の全身を一瞬で浄化、消滅させた。

 シャオ達は呆気に取られ、王国兵達も呆然としてる。

 しかし、魔王の消滅という現実は、徐々に周囲に広がり、喜びの叫びとして連鎖していった。

 シャオ達は喜び俺に抱きつき、後方支援だったはずのフィオーレ姉さんやナルフェも前線に来て俺に抱きつく。

 こうして魔王は討伐され、真の平和が始まった。

 俺はアンフィスバエナを見つめ、ポツリと呟く。

「ありがとう······」

 誰かは思い出せないが、どうしても伝えたかった。

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