8ー2・女神の語る真実は


 ユノは断じて巫山戯ていない。

 自分がこの世界を造った《女神アスタルテ》だと、迷いもなく言い切った。


 「アークさん。私の話······信じてくれますか?」


 俺は考えた。

 ユノが、俺にこんなウソを付くはずがない。

 だけど、いきなり過ぎて面食らったのも事実。


 「あの、女神って······あの女神?」

 「そうです。この《ユノ》という身体は、この世界に入るために作った生身の肉体です。女神としての力は殆ど使えまえんし、この世界に干渉するために情報量をかなり削ったので、最初はあまり感情を表に出せませんでしたが、アークさんのお陰で人間らしい感情を入手できました」

 「そ、そうか。なるほどね」


 分からん。

 ユノは俺をからかってるワケじゃない。

 仕方ない、とにかく話を聞こう。


 「えと、それでユノ······いや《女神》様はどうして地上に?」

 「ユノでいいです。アークさんには、ユノのままで居たいんです」

 「そ、そうか?」


 くそ、可愛い。

 確かにこの可愛いさは女神だろうな。


 「え、えと。私がこの世界に来たのは······バグの修正、えっと······ユウヤのスキルをアークさんに移し替えるためです」

 「······は?」



 俺の発した声は、かなりマヌケだった。



 ********************



 「アークさん。アークさんに渡した石を見てください」

 「石って······これか? あれ、なんか書いてある」


 ユノから貰った袋を取り出し、中から小さな透き通るガラス玉を取り出す。

 ガラス玉には数字が刻まれていた。


 「えーと······3、なんだこの記号?」

 「3%······時間は掛かりますが、流れ始めましたね」

 「へ?」

 「これは、ユウヤの持つ《勇者》のスキルがアークさんに流れてる情報量を示す石です。ユウヤの《勇者》スキルを消し、消したデータをアークさんの身体で再構成しています」

 「············じゃあ、ユウヤは」

 「はい。ユウヤは勇者ではありません。真の勇者はアークさんです」

 「············」


 じゃあ何か、俺は勇者なのか?

 ユウヤは何なんだ?


 「いいですかアークさん。ユウヤは勇者じゃありません。異世界という別次元から来たことによりバグが発生し、《勇者》スキルを継承してしまったに過ぎません。それにより、現在のユウヤは2つのスキルを持つイレギュラーな存在なんです」

 「そ、そうなんだ······2つ?」

 「はい。ユウヤがこの世界に侵入した時に得たスキルと、バグで継承した《勇者》のスキル。その内の《勇者》のスキルは改変してアークさんに継承させましたが、本来のスキルはどうしようもありません」

 「本来の、スキル?」

 「はい。そのスキルこそが、シャオさんたちが変わってしまった原因なんです」

 「······どういうことだ」

 

 シャオたちが変わった原因。

 勇者を愛し、俺との婚約を破棄し、兄妹の繋がりを無くし、そして俺に冷たくなった原因。

 

  

 「ユウヤの持つもう1つのスキル、《魅惑の瞳》で、シャオさんたちは心と記憶を操られています」



 シャオたちが、操られてる?



 ********************



 「アークさん。勇者ユウヤは、たったの一月でシャオさんたちを振り向かせるほど強い男ですか?」

 「······」

 「小さな頃から一緒にいるアークさんを忘れてしまうほど、弱い繋がりだったのですか?」

 「······違う」

 「恐らくユウヤは、一月掛けてシャオさんたちを洗脳したんです。シャオさんたちは美人ですし、それにスキルも強力です。妃として置けばユウヤに手を出せる者はいないでしょう」

 「······」


 シャオたちが、操られてる。

 つまり、本心でユウヤを愛していない。


 「《魅惑の瞳》で操られ開放された後は記憶が残ります。ユウヤがシャオさんたちを開放すれば、きっと悲しむでしょう······アークさん、もう一度聞きます」


 ユノは悲しげに俺に聞く。



 「彼女たちが······許せませんか?」



 正直、混乱してる。

 真の勇者は俺で、ユウヤは異世界から来た勇者のスキルを横取りした人間。

 ユノは女神で、ユウヤからスキルを取り返し、俺に移し替えるために来た。

 ユウヤの真のスキルでシャオたちは操られ、洗脳されている。

 

 おかしな話だ。

 正直、シャオたちに対する恋愛感情は消えている。

 俺を捨てて裏切ったのもユウヤのスキルのせい。そう言われてすぐに許せるほど俺は聖人じゃない。


 ユノの支えのお陰でここまで来れたし、シャオたちの心が離れても、諦められずに傍にいた。

 そしてユノの話を聞いて、希望を感じていた。


 「シャオたちは······俺の知ってるシャオたちに戻るのか?」

 「······はい。ですが、ユウヤとしたことや、アークさんにしたことの記憶は残ります」

 「でも、戻るんだな?」

 「······はい」


 ずっと、シャオが好きだった。

 小さな頃から一緒で、いつの間にか愛してた。


 ローラは可愛い義妹だ。

 血が繋がってなくても、可愛い妹だ。


 ファノンはもう一人の妹だ。

 おねだり上手なお調子者だ。


 フィオーレ姉さんは頼りになる。

 あの笑顔は、俺の癒やしだった。


 「······ユノ、どうすればシャオたちを開放出来る?」

 「アークさん······」

 「悪い。許すとか許さないとかじゃない。操られてるなら……シャオたちを助けたい」

 「はい。やっぱり、アークさんは素敵です」


 ユノは笑顔で言う。

 もしユノが居なかったら、俺はシャオたちを諦めただろう。

 

 「それで、助ける方法は?」

 「はい。方法は1つ······ユウヤ自身に解除させるしかありません」

 「マジで?」


 いきなり詰みそうだ。

 ユウヤ自身に解除って、不可能じゃね?

 

 「酷ですが、アークさんに《勇者》の力がある程度戻れば可能性はあります。ユウヤを倒して洗脳を解除させるしかありません」

 「お、俺がユウヤを倒す⁉ いやムリだろ、ユウヤは聖剣を持ってるし、そもそもの身体能力が違う」

 「ユウヤの身体能力は、勇者のスキルに依存しています。なので、勇者の力が半分ほど戻れば、アークさんにも可能性があります」

 「半分って······俺には鉄の剣と弱っちい盾しかないぞ? 勇者の身体能力があっても、勝てるかどうか······」

 「大丈夫です。勇者の力に比例して《輝く盾》の数も強度も上がって行きます。チャンスはあります」

 「······マジか」

 「はい。恐らく、紫龍を討伐する前には半分ほど《勇者》の力を得るはずです。その時が······」

 「ユウヤを倒して、シャオたちを取り戻す······」


 俺は思った。

 これじゃまるで物語の勇者じゃないか、と。


 「アークさん。シャオさんたちを諦めないで下さい」

 「ああ。希望があるなら話は別だ」


 俺は、ユノの話を完全に信じていた。

 勇者のスキルも、シャオたちも、ユウヤが俺から奪ったんだ。


 だったら取り返す。やってやるよ。

 ユウヤにみんな奪われた。でも諦めずに戦おう。

 


 きっと最後は俺が勝つ。

 


 ********************



 話は終わり、俺は気になる事があった。


 「あのさ、ユノ······ユノが女神ってことは、その······魔王を討伐したら、居なくなるのか?」


 答えを聞くのが怖く、ユノを見れなかった。

 するとユノは、俺の手に指を絡める。


 「この身体は人間と変わりありません。《ユノ》として、アークさんの傍に居させて下さい······」

 「え······」

 「この世界のこと、楽しいことを、貴方とたくさん知りたいです。女神として見守るだけじゃない、人として触れてみたい。それはきっと、アークさんとしか出来ません」

 「ユノ······」


 ユノの話では、《女神アスタルテ》の人格を《ユノ》という人間の体に移した存在らしい。

 だからユノは女神であり、ユノでもある。

 この世界のユノが人間として寿命を全うすれば、《女神アスタルテ》の精神は再び女神としてこの世界を見守る位置に還るらしい。

 なるほどな。わからん


 まぁとにかく、ユノは人間として生きていけると言うことだ。

 そこが何より重要で大切なことだ。

 

 すると一転、ユノは表情を暗くした。


 「アークさん、私は罪深い女神です。ユウヤは《スキル》を失えば、きっと精神が崩壊します。でも、勇者の真の力を使えるのはアークさんだけです。だから、ユウヤを犠牲にしてこの世界を救う道を選びました······」

 「それって、ユウヤが死ぬってことか?」

 「······人としては死んだような物です。それはどうしようもありません。ユウヤを元の世界に返すことも出来ませんし、この世界で生きて貰うしかないんです」

 「それは、仕方ないだろ?」

 「······まさか、次元に穴を開けられるとは思わず、そこから別次元の人間が来るなんて思いませんでしたから······」

 

 これは、ユノの懺悔だ。

 人として俺と生きたい、けど生きる上でユウヤを犠牲にすることを悔やんでる。

 

 「だったら、その罪は俺の罪でもあるだろ? 1人で抱えなくてもいい」

 「アークさん······」

 「一緒に生きよう、ユノ。スキルとシャオたちを取り返して、魔王を倒そう。それからはずっと一緒だ」

 

 なんだろう。これじゃユウヤが悪人だな。

 だけど、シャオたちを洗脳してヤリたい放題やってるなら同情はしない。

 たとえ望まないままこの世界に来たとしても、やってることはゲスなことだ。


 だから、これは制裁だ。

 今度は俺がユウヤから奪い返す番だ。


 「ふふ、まるでプロポーズですね。嬉しいな」

 「へへ、なんか照れる」

 

 プロポーズ……うん。間違ってない。

 全て取り戻したら、ユノにプロポーズする。


 「さ、さーて寝るか。明日は白龍の巣に向かうからな」

 「はい。頑張りましょうね、アークさん」


 ユノの語った真実は驚くべき物ばかり。

 だけど、これからの俺の進むべき道は見えた。


 ユウヤからスキルを取り戻し、シャオたちを救う。

 魔王を倒して、ユノと暮らす。



 ベッドに潜り込むと、ユノが俺の手を握った。

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