終2・真の勇者に幸せの花束を
領主になって2年。俺は18歳になった。
領主として仕事をこなしてるが、それはきっとローラのおかげだろう。
「兄さん。今日の予定は王国へ渡す近況報告書の制作ですね、分からないことは私に聞いて下さい」
「わかった。いつもありがとな」
「いいえ、私は兄さんの……秘書ですから」
ローラは、領主である俺の秘書になった。
もともとローラは頭も良かったし、ユウヤに操られていた時から政治や貴族の勉強はしていたそうだ。
王妃として政治に関わる仕事をしてみたかったらしく、俺が赴任してきたばかりのころはローラが居なければ何も出来なかった。
それに、俺自身ローラを先生にいろいろ学んだ。
貴族の礼儀作法やマナー、そして言葉遣いなど。
今やローラは立派な秘書であり、俺が居ないときの領主代行でもある。
「それと兄さん、後でファノンが来るそうです」
「お、そうか。また果物でも持ってくるのかな」
「そうかもですね。お茶の準備をしておきましょう」
ファノンは、農園を始めた。
始めたと言っても小さな農園で、親父と母さんも手伝っている。
ファノンは果物や甘い物が好きだし、親父が農園を始めると言ったら従業員として働きたいと言いだしだのだ。
親父はそれならと、ファノンを経営者にした。
若い内から経営者として学ばせるため、ファノンが農場の社長になり、農園の設立資金は勇者パーティーの報酬を使った。
育ててるのは専ら果物で、収穫した果物は町に卸されている。
ファノン自身、果物を使ったパイやジュースなどを作ったりしている。
「シャオは?……まぁ、道場か」
「はい。先日も入門者が来ましたね」
「入門者っていうか道場破りだろ? ハズレスキルとか言ってたくせに、大活躍じゃねーか」
「そ、そうですね……」
シャオはなんと道場を開いた。
最初は道具屋でも開こうかと考えていたらしいが、客商売はシャオに全く合わず、手伝いをした町の道具屋で揉め事を起こしたり、旅の冒険者にセクハラされ、そいつをぶん殴ってクビになった。
さすがに反省したが、しばらくはニート生活。
立派に働く妹の姿を見てまずいと感じたんだろう。何を考えたのか勇者パーティーの報酬をつぎ込んで町に道場を作ったのだ。
当初の目的は、町のちびっ子たちの剣術道場。
だが斬姫王シャオの名を聞きつけた剣士たちが道場破りに現れシャオは返り討ち。
そこそこ名の通った剣士たちがシャオに弟子入りし、この1年で道場は有名になっていった。
今では門下生は100人を越え、子供達や剣士志望の少年少女たちをしごいている。
「ははは。またフィオーレ姉さんの薬屋が繁盛するな」
「笑い事じゃありませんよ。フィオーレ姉さんどころか、薬屋と医者が大忙しです」
フィオーレ姉さんは薬屋を始めた。
この辺りではいい薬草が採れるので、薬の材料は困らない。
シャオの道場のおかげでかなり繁盛してるそうだ。
「さーて……今日も忙しいな」
「はい。お昼には皆さんが集まります」
「おし、じゃあ昼飯は豪勢に頼むぜ」
「はい。畏まりました」
もうシャオたちを元勇者ユウヤの妃と呼ぶヤツはいない。
過去を乗り越え、未来に向かって進んでいる。
俺は勇者であり貴族。
ローラは俺の秘書。
ファノンは農場経営。
シャオは道場。
フィオーレ姉さんは薬屋。
みんなが、新しい人生を歩いてる。
**********************
5人でランチが終わり、食後のお茶のひととき。
「いやー、今日は道場破りより入門者が多くってさ、道場を拡張しないとこれ以上はキツいわ……ねぇ領主様、資金援助してくれない?」
「シャオさん、その話でしたら私に。以前言いましたよね? 門下生の人数と月謝の報告をキチンとして下さいって。なぜ報告が来ないのでしょうか?」
「い、いやー……だって、子供の中には貧乏な子も居るし……」
「で、月謝は月いくらでしょう? 入門時に払う入門金はおいくらですか?」
「わ、わかった。わかったってローラ!! アンタお金が絡むと怖いのよ!!」
「当たり前です。兄さんに任された以上、この町の金庫は私が管理します」
「うぅ~……」
シャオとローラはこんなやり取りばかりしてる。
その様子をファノンとフィオーレ姉さんが見てる。
「あ、フィオねぇ。そう言えばさ、あたしの農園で作った果物でフルーツジュースを作って町で売ろうと思うの。冒険者や旅人が飲みやすいように、使い捨てのパックにいれてさ……どうかな?」
「いいアイデアじゃない。ファノンちゃんも立派な経営者ねぇ」
「そ、そうかな……えへへ。で、でもさ、あたし1人じゃなんも出来ないし、アークのお父さんお母さんが手伝ってくれるから出来る事であって……」
「わかってる。でも……ファノンちゃんは立派よ」
「あ、ありがと……」
ファノンは確かに変わった。
甘えるようなことはしなくなり、自分で考え行動してる。
農場の経営者として、立派であろうとしてるんだ。
フィオーレ姉さんも、みんなの姉さんとして支えてくれている。
俺たちの相談役として、いろいろ話を聞いてくれたり、姉さんなりのアドバイスをくれたりする。
事実、それがすごく役立つときもある。
ワイワイ話していると、来客が来た。
ローラが対応し戻ってくると、俺に包みを手渡した。
「………縁談の案内です」
「そうか。サンキュ」
若干、温度が下がった。
この話題は、未だに微妙な空気になる。
シャオは誤魔化すような棒読みで喋るし、ファノンはうんしか言わない。
ローラは黙ってお茶を啜るし、フィオーレ姉さんは窓の外を見てる。
まぁ、何が言いたいかはわかる。
この1年、縁談はいくつも来るが、俺は断ってる。
別にシャオたちが気になるワケじゃない。単純に忙しいからだ。
正直、もうシャオたちのことは赦してる。
前を向いて歩き出すシャオたちは立派だし、ユウヤのことなんてもう顔も思い出せないくらい忘れている。
ユノのことはもちろん忘れてない。
それにシャオたちはこの2年間どんなに忙しくても、毎週必ずユノの墓を手入れして花を添えている。
初めてユノの墓に行った時、涙を流して懺悔するシャオたちの姿は忘れられない。
勇者であり貴族である俺もいつか結婚する。
シャオたちもいい相手がいればそうなるだろう。
「どれ、見せてくれ」
「……はい」
多分、彼女たちは自分を許していない。
こうして友人のように接するが、その先に進もうとはしない。
俺も全てが元鞘に戻るとは思っていない。だから、これでいいと思ってる。
俺が結婚することになっても、きっと笑顔で送り出してくれると思う。
これがきっと、彼女たちの罰。
俺が望んだように、全てをゼロからやり直した。
だけど、ユノの負い目があるから先には進まない。俺と結ばれることを許さない。
友人として、義妹として、俺の傍に居続けることを選んだのだ。
その選択が正しいのか、俺には分からない。
それに彼女たちのことは大事な友人と思っているが、恋愛対象としては見ていない。
彼女たちが誰かと結婚するとしても、俺は笑顔で送り出せるだろう。
だが、もし彼女たちが自分を許したなら。
もし、彼女たちが俺に求婚してきたなら。
その時、俺はどんな答えを出すだろう。
どんな答えを出しても、後悔しないように生きよう。
**********************
それから3年後。
21歳になった俺は、1人で《ユノの森》へ来ていた。
しっかりと整備された墓、周囲一面には花が咲き誇る。
俺はアンフィスバエナとお守り石を持ってここに来るようにしている。
俺は花束を供える。
墓石に手を添え、目を閉じる。
「ユノ……俺、幸せだ。今度さ、子供が生まれるんだ。信じられるか?」
これまで、いろんなことがあった。
勇者にシャオたちを寝取られ、ユノと出会い別れ、そして俺が勇者として魔王を倒した。
貴族として領主として新たな生活を始め、毎日が楽しくて仕方ない。
それもきっと、ユノと出会ったから。
ユノと出会い、最後まで諦めず戦ったから、俺は勝てた。
絶望から、新しい人生を手に入れた。
「何度でも感謝するよ………ありがとう」
俺の言葉はきっと届いてる。
そんな確信がある。
「お……」
風が舞い、木々が揺れる。
まるでユノが祝福するかのように。
『アークさん、お幸せに───────』
風に乗って、ユノが祝福してくれた気がした。
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