18・赦しとはゼロの始まり
自宅に帰ると、親父と母さんが椅子に座っていた。
俺の姿を見るなり立ち上がる。
「アーク!?」
「アーク‼ 帰って来たの⁉」
「母さんごめん。昨日はせっかく夕食を作ってくれたのに」
「そんなことはいいの。それより平気?」
「……うん。騒いでゴメン、迷惑だったよね」
「気にするな。ずっと耐えてたんだ、吐き出したい気持ちはわかる」
「そうよ。ローラは……」
「ローラは部屋?」
「え、ええ。その、泣いてるわ……」
「………」
俺は2階へ続く階段を見つめ、息を吐く。
「俺、ローラと話してくる」
「……平気なのか?」
「うん。ちゃんと話さないと。それに、親父や母さんもローラを放っておけないでしょ?」
親父たちはきっと、悩んでたんだ。
ローラが帰ってきて嬉しくないはずはない。
だけど、俺があそこまで拒絶したんだ。思うことがあるはず。
「……アーク、ローラをお願い。どうか赦してあげて」
「………」
俺はローラの元へ向かうため1歩踏みだした。そして。
『グゥゥゥ~~……』
俺の腹が、盛大な音を立てた。
********************
俺は現在、ローラの部屋の前にいた。
盛大に腹が鳴ったあと、親父と母さんが笑った。
すると母さんが、手早くオムライスを作り、俺は完食。
そして、俺の手にはお盆。
母さんがローラの分も作り、俺に持たせたのだ。
俺はローラの部屋のドアをノックする。
「ローラ、食事だ。母さんのオムレツだぞ」
静かな部屋の中から、ギシリと音が聞こえた。
どうやらベッドから降りた音のようだ。
ドアがゆっくり開くと、亡者のような表情のローラが出てきた。
長く艷やかな黒髪は乱れ、目は赤く隈で腫れ、唇はカサカサになっている。
「······あ、にい············アーク、さん」
「······うゎ、ひっでぇ顔」
俺は正直に言った。
ローラの視線は湯気の立つオムライスに注がれる。
「あ、の······」
「食え、まずはそれからだ」
「······はい」
「入るぞ」
ローラの部屋は相変わらずキレイだ。
恐らく母さんがキチンと掃除をしてくれたのだろう。
「······」
「食え、早く」
「······はい、いただきます」
ローラはもそもそ食べ始める。
そして手を止め、ポロポロ泣き出した。
「美味いだろ?」
「······はい、懐かしいです」
「俺はそう思わない。帰るたびに食べてたからな」
ローラはキレイに食べ終えた。
俺はローラに改めて向き直り、床に座ってローラを見つめた。
見て分かってしまう。
このローラは、俺の知ってるローラだ。
ユウヤと旅をしてる時に感じた、見下すようなオーラは感じない。
「騎士団長から全部聞いた。ユウヤのスキルで操られてたって」
「············」
「お前、俺に何かを期待してるか? 操られてたから自分は悪くない、とか」
「······いいえ。操られようが、私がアークさんにしたことは事実。言い訳はしません」
「そっか······」
「ですが······ですが、言わせて下さい」
ローラの目から、ボロボロ涙が零れる。
表情は歪み、身体中がブルブル震える。
「ご、ごめ······ごめんな、ざい。······わだじ、あなだに、ひっぐ、ひどいこど······じまじだ······ごの、命をもっで······つぐない、まず······っぐ、うぇぇ······」
ローラは、いつもクールだった。
こんな泣き顔は初めて見た。
「ユノのこと、覚えてるよな」
「······ばい」
「ユノはお前のこと、キレイな黒髪の魔術師って褒めてたぞ」
「············」
「ユノはきっと、お前が死んで俺に償うことを望んでない。そもそも、お前やシャオたちが死んだら、俺に対する償いになるのか?」
「······ぞ、ぞれば」
「あーもう、まずは鼻をかめ、鼻水プラプラ垂らしてんじゃねーよ」
「ぶぎゅっ!?」
俺はローラの顔にナプキンで磨く。
「ユウヤがお前たちを洗脳して操ってたのはわかった。だけど、直ぐには受け入れられない」
「············」
「この1年辛かった。でも、真実を知ったお前たちも辛いだろ?」
「······はい」
「真実じゃなくて感情の問題だ。だから······少しずつやり直そう」
「え·········」
「俺、言ったよな? お前らが俺に謝ろうとお前らが壊した過去は直らないって。だから、直せない過去を見続けるのは止めて、これからの未来を考えよう」
「み、らい······?」
「ああ。だからローラ、確認させてくれ」
「······はい」
ローラは目を拭い、俺を見る。
俺もローラを正面から見た。
「ローラ、お前は俺の|義妹(いもうと)か?」
「······はい。赦されるのなら、私は······兄さんの、義妹に戻りたいです······!!」
ローラと和解する。
ゼロからまた始める。
この判断は、甘いのかもしれない。
でも、もう一度信じてみよう。
なぁユノ、これでいいんだよな?
**********************
翌日。
俺とローラは、揃って食卓へ降りてきた。
「ろ、ローラ······」
「お母さん、ごめんなさい······ごめんなさい······!!」
母さんとローラは抱擁し、親父は俺の肩を叩く。
そして、1年以上ぶりに、家族4人で朝食になった。
ローラはまだぎこちない。
俺に遠慮してる。というか機嫌を損ねないように振る舞っている。
だけど、今はこれでいい。
朝食は俺とローラの希望でオムライス。
そして、俺はもう1つ希望を出した。
「ローラ、お前の野菜のスープが飲みたいな」
「え······あ······は、はい!! お母さん、食材は!?」
「あるわよ。ほら、慌てないで」
ローラはキッチンへ飛び込み、母さんも続く。
キッチンからは包丁の音と、卵の焼けるニオイ。
「懐かしいな。ローラと母さんが並ぶキッチンは」
「ああ。アーク、ありがとうな」
「······うん」
久しぶりのローラのスープは、かなりしょっぱかった。
**********************
朝食が終わり、俺は隣の薬屋へ向かった。
歩いて10秒、ホントに近くていいね。
薬屋に入り、フィオーレ······姉さんがいるか確認すると、どうやら昨日からずっと部屋に引きこもっているらしい。食事もしてないようだ。
俺はフィオーレ姉さんの両親に、面会を希望する。
するとあっさり許可をもらい、姉さんの部屋の前に。
ローラも来ようとしていたが、ローラにはシャオたちの様子を確認してもらい、後で訪問する旨を伝えて貰う。
俺はゆっくりとドアをノックした。
「······お母さん? ごめんなさい、気分が悪いの」
「違うよフィオーレ姉さん。俺だよ」
「······あ、アークくん······⁉」
「入るよ」
ドアを開けて室内へ。
フィオーレ姉さんはベッドの上で毛布を被っていた。
俺は床に座り、普通の口調で言う。
「体調悪いの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。その、へいき」
「そっか」
「······」
沈黙。
まどろっこしい。とにかく話そう。
ローラと和解した俺は、不思議と憎しみが消えていた。
「俺、ローラと和解した」
「······え」
「ローラと話した。そして、みんなが操られてるのも騎士団長から聞いた」
「そ、そう······」
「フィオーレ姉さんは、どうしたい?」
「······私、は」
フィオーレ姉さんは毛布を脱ぎ、ベッドから降りて俺と向き合うように床に座り、俺を真っ直ぐ見た。
「私は······私は、アークくんに······謝りたい、です」
つぅ、と涙が一筋溢れる。
ローラと同じく、顔がくしゃくしゃになる。
「謝っても赦されることじゃない。私がしたことは、貴方に憎まれ殺されても文句が言えない。だから······貴方が望むなら、この命を捧げるわ」
ローラもだが、流行ってんのかねそれ。
死んで償いって、自己満足だろ?
「フィオーレ姉さん。ローラにも言ったけど、死んで償いって、俺には意味がわかんねーよ。どうせなら生きて償いしてくれ」
「······生き、て?」
「うん。ローラとは和解したのに、フィオーレ姉さんが死んだら意味ないだろ? だけど、俺はまだみんなを赦してるワケじゃない」
「······はい」
どんな罰でも受け入れます。そんな顔だ。
「だから俺、みんなともう一度やり直したい。昨日みんなに言ったよね、みんなが直そうとしてる過去にかつての俺はいないって。だから直せない過去を見るんじゃなくて、これからの未来を見たいんだ」
「······これからの、未来」
「フィオーレ姉さんは、今でも俺を道具として見てる?」
「違うっ!!」
フィオーレ姉さんは慌てて俺を見た。
「………その、ご、ごめんなさい」
「いいよ。俺も随分ヒドいこと言った」
フィオーレ姉さんは俯き、静かに涙を零す。
「私、ずっとアークくんが好きだった……でも、ユウヤと一緒にいて、アークくんがどんどん霞んで見えて、気が付いたらユウヤに抱かれてた……でも、ユウヤが眩しくて、気持ち良くて……」
「もういいよ、フィオーレ姉さん。また一からやり直そう」
「あ、アークくん……う、ぅぅぅ、うぁぁ」
「姉さん、仲直りしよう」
「アークくん……ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
フィオーレ姉さんは俺の傍で蹲り、静かに泣き出した。
俺はフィオーレ姉さんの肩に手を置く。
こうして俺は、フィオーレ姉さんと和解した。
**********************
俺は自宅に戻り、自室に入る。
そのまま窓を開けると、隣の家の窓を開けた。
そこはシャオの部屋で、昔はよくこうして出入りした。
夜、暇を持て余したシャオとファノンが、俺の部屋にこっそり来るのはお決まりだったからな。
シャオは、「この窓は非常口だから常に開けておくこと」なんて言ってたから、鍵は掛けていない。
「シャオ、いるか?」
いる。
だってベッドが膨らんでるし。
「入るぞ」
「······」
シャオの部屋は女の子らしく、ぬいぐるみや可愛いらしい置物が飾られてる。中には、俺があげたぬいぐるみもいくつかある。
「······アーク」
「アーク······?」
「あれ、ファノンもいたのか?」
なんとこの姉妹、一緒のベッドで寝てたようだ。
ファノンは辛いことがあると、シャオのベッドに潜り込む。
シャオとケンカしたときは、俺のベッドに潜り込むこともあり、もっとケンカになったのを覚えてる。
何故か俺が悪者になって、その時は解決したけど。
「ローラから聞いたな。話がしたい」
ローラとファノンは、無言でベッドから降りると床に座る。
俺も胡座で座り、シャオたちを見た。
「······ひっでぇ顔」
2人は髪を解いていたので、長い金髪がくしゃくしゃだ。
姉妹だから顔も似てるし、こうやって見ると·····汚い。
目は真っ赤で隈があり、唇もガサガサ、それに風呂に入ってないのか少し臭う、さらに口周りにはヨダレの跡まであった。
「アーク、その······」
「騎士団長から全部聞いた。お前らがユウヤに操られてたこともな」
2人は驚き目を伏せる。
どうやらローラは、俺が話があるとしか言ってないらしい。
「シャオ、ファノン。俺は」
「待ってアーク······アタシから言わせて」
シャオが震えながら語り始める。
「アーク、アタシは······貴方にヒドいことをした。偉そうに命令して、怒鳴り散らして、好き勝手振る舞って迷惑かけて······」
「そうだな。だけど今なら納得出来る。ユウヤの洗脳でああなってたんだろ」
「そう。だけど、だけど······アタシが、シャオがしたことに代わりないわ······アタシは、アークの婚約を捨てて、ユウヤに······全て、ささげ······て······う、ぅぅ」
シャオはとうとう泣き出した。
ファノンは歯を食いしばり、シャオの手を握る。
「ゴメンね······ゴメンね、アーク······アタシ、あんたを、いっぱい傷つけた」
「シャオ······」
このシャオは、俺が知ってるシャオだ。
傲慢で、ユウヤとの未来しか考えてなかったシャオはいない。
「うぇぇぇ〜〜〜っ······アーク、ごめんなさいア〜〜くぅぅぅぅ〜〜〜っ······」
ファノンも大泣きだ。
シャオたちのこんな顔、初めて見た。
「シャオ、ファノン······俺は、まだ簡単には割り切れない。ユウヤは処刑され、お前たちは開放されて俺に謝ってる。でも、ユノは帰ってこない」
「······うん」
「······そう、だよね」
「だからって死んで償おうだなんて言うなよ。ローラもフィオーレ姉さんも言ったけど、俺もユノもそんなことは望まない。償うなら生きて償え。俺もそれを望むから」
「え?」
シャオとファノンは驚き、俺を見た。
もう、ローラやフィオーレ姉さんと同じやり取りをしたよ。
「シャオ、ファノン。もう一度やり直そう。もう一度······昔みたいに」
それが難しいのはわかってる。
この1年、シャオたちはユウヤを愛したシャオたちであり、俺の知ってる昔からのシャオたちでもある。
俺やユノにしたことを理解してるし、みんな心に傷を負っている。
昔みたいにやり直す。
それはきっと、死んで償うより難しい。
だけど、これが俺の求める償いだ。
「······アーク······ホントに、いいの?」
「ああ」
「アーク······わたし、わたし······」
俺たちは、和解した。
完全な和解とはいかない。心にはまだしこりが残ってる。
だけど、これは大事な一歩だ。
彼女たちを赦し、未来へ進む第一歩だ。
********************
その日の夜。俺は1人で城の塀に座っていた。
場所は騎士団長と話した場所。
すると、やっぱり来たようだ。
「勇者殿、いい夜ですな。夜風も心地良く、星も美しい」
40過ぎのオッサンらしくないセリフだ。
だが、ダンディな騎士団長が言うと何故か様になる。
騎士団長は俺の隣に座り、空を見上げた。
「······シャオたちと話ました」
「······そうでございますか」
「······はい」
それだけ。
だけど、なんとなく騎士団長には通じた気がした。
この人がいなかったら、シャオたちと和解出来なかったかも。
「あの、ありがとうございました」
「はて、なんのことでしょう」
「シャオたちと話して、和解しました」
「······そうでございますか。それは何よりです」
多分、俺が出会った中で、一番カッコいい大人だ。
俺もこんなダンディな男になりたいぜ。
「明日は祝賀会です。朝のうちにご自宅に迎えを出しますので、今日はゆっくりお休みを」
「え、朝から⁉」
「はい。衣装合わせなど、お時間が掛かりますので」
そう言うと騎士団長は立ち上がり、ゆっくりと去る。
もしかしてそれを伝えるために来たのか?
「はぁ······」
俺はポケットからお守り石を取り出し、夜空を透かして見る。
「ユノ、これが俺の答え。これからどうなるか分からないけど······やってみるよ」
お守り石がキラリと輝いた······気がした。
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