15・知りたくなかった真実、向き合うべき真実
俺はアンフィスバエナを持ったまま、王国を囲む塀の上に居た。
塀の外周を見回りしてる兵士が何人もいたが、俺は気にしなかった。
家を飛び出し、ひたすら走り、気がついたらここに居た。
俺の存在に気付き、敬礼する者もいたけど、俺は無視した。
満天の星空。火照った身体を覚ます風。
そして、何も入っていないはずの胃袋なのに、なぜか重い塊が入ってる感覚。
「何で、何でこんなに苦しいんだ······」
シャオたちに別れを告げた。
かつての幼馴染姉妹と義妹、そして近所のお姉さんの顔は、苦痛に歪んでいたのを最後に見た。
爽快感なんてカケラもない。
あるのは喪失感。そして怒りは全て吐き出し、心は冷えていた。
シャオたちの顔は、歪んでいた。
ユノが信じろと言った理由がわかった。
あれは後悔してる。謝りたいと願っている。
「ユノ······逢いたいよ」
俺はポケットからお守り石を取り出す。
声は届かないが、ユノは確かにここに居た。
魔王が消えた今、俺はもうここに……この世界に居たくない。
すると足音が聞こえ、俺の後ろでピタリと止まった。
「報告を受けて来ましたが、こちらで何を?」
「………」
俺の隣に来たのは、騎士団長。
40過ぎのオッサンで、騎士の服を着て腰に剣を装備してる。
騎士団長は俺の隣に座った。
「いい風ですな、勇者殿。それに、星がよく見える……」
「………」
「先ほど、元勇者ユウヤを終わらせました。元勇者ユウヤは、そのまま地下の王族専用墓地に葬られることになります」
「………そう、ですか」
驚くほど、心に響かなかった。
騎士団長は処刑が終わり、報告を受けてここに来たようだ。
兵士が何人も通ったし、俺がここにいれば報告の1つも入るよな。
「勇者殿。元勇者ユウヤについて、お伝えしたいことがあります」
「………なんですか?」
視線を感じて見ると、騎士団長は俺をジッと見ていた。
「元勇者ユウヤの、真のスキルについてです」
**********************
「元勇者ユウヤは、2つのスキルを持っていました。1つは貴殿が所有する《勇者》のスキル、そしてもう一つは………《魅惑の瞳》と呼ばれるスキルです」
「……魅惑の……瞳……?」
「はい。これはかつて、ブルム王国に存在した『色欲王』と呼ばれた王が所持していたスキルで、その瞳を見た女性を操ることが出来るスキルです」
女性を操る?
『······アークさん、シャオさんたちを信じてあげて下さい。時間がないので説明出来ませんが、直に目を覚まします』
何故、ここでユノの言葉を思い出す。
「『色欲王』は、そのスキルを使い何人もの女性を虜にし、100人以上の妾を持ちました。産ませた子は100人以上。それだけの子が成長すれば、後継者争いが起きるのは必然。現に、30人以上の子が何者かに暗殺され、有力な後継者たちによる内乱が起きたと記録されています。結局、生き残った子は20人にも満たず、『色欲王』自身も暗殺されたとか」
俺は、騎士団長から目を離さず話を聞いていた。
「それからというもの、王家に生まれた子には《スキル鑑定》を行い、授かるであろうスキルを事前に把握する制度が導入されました。王家にとって忌まわしきスキルとなった《魅惑の瞳》を見つけるためであります」
「………」
「話が逸れましたな。それで、元勇者ユウヤは魔王に呪われたという話で、治療の一環で《スキル鑑定》を行い、発覚したのであります」
「それで、それが何か……?」
何となく話が読めたが、ちゃんと聞く。
「はい。実は、元勇者ユウヤが召喚されてから、城のメイドや女性魔術師が襲われ、妊娠するという事件が多発しておりました。襲われたメイドたちに事情聴取すると、町で暴漢に襲われたと全員が証言したのです。ですが、魔王が討伐されたと同時に、若いメイドや女性魔術師が何人も倒れました。幸いなことに、数時間もすれば目が覚めたので大事には至りませんでしたが、眼を覚ましたメイドたちが何人も泣き崩れ、暴漢の犯人が元勇者ユウヤだと発覚したのです」
つまりユウヤは《魅惑の瞳》を使い、城でメイドや女性魔術師を喰った。
騎士団長曰く、少女たちを洗脳しユウヤを愛するように洗脳。
性暴行を行い、妊娠するまで遊ぶ。そして妊娠したら町で暴行されたと記憶を操り放置したということだ。
被害はなんと城の若いメイドや女性魔術師の5割ほど。それが一斉に倒れたのは、ユウヤが後遺症で倒れ、スキルから解放されたためだとか。
そしてただ楽しむのではなく、自分のスキルの実験台としてメイドたちを襲ったのではないかということだ。
「確認しようにも会話もままならない状態ですので。仕方なくそのまま終わらせました」
「そうですか……」
とことん、ゲスなヤツだった。
だが、騎士団長の話は終わっていない。
「もう、お気付きでしょう?」
「…………」
「勇者パーティーの少女たち、彼女たちは深い洗脳状態でした」
**********************
「王国に少女たちが帰還したあと、すぐに検査が行われました。そして、深い洗脳を受けた痕跡が発見されたのです。恐らく初めて会った瞬間から《魅惑の瞳》に魅入られたのでしょう」
「………じゃあ、シャオたちは操られてたんですか?」
「間違いなく。断言できます」
「………」
なるほど。
それじゃあ仕方ないな。俺やユノに辛く当たったのも、ユウヤが俺を嫌うように、シャオたちを操ったからだとすれば説明が付く。
たった1ヶ月でシャオたちが俺を嫌い、憎むはずがない。
こちとら10年以上過ごしてるんだ。一緒に風呂に入ったこともあるし、同じベッドで寝たこともある。
よし、シャオたちを許してやろう。うん。
って………そんな簡単に赦せるワケねーだろ。
辛く当たられ、ユウヤとの情事を宿屋の壁1枚越しに聞かされ、婚約破棄され、兄妹の縁を切られ……俺が受けた心の傷は、そんな理由で赦せるほど軽くない。
ムカつくことはいくらでも出てくる。それこそ、ぶん殴ってやりたいくらい。
「……目を覚ました少女たちは、全員が混乱状態でした。シャオ殿は暴れ、ローラ殿はずっと何かを呟き、ファノン殿は虚ろで、フィオーレ殿は泣いており、ある程度落ち着いたところで真実を告げました」
「……それで?」
「はい。シャオ殿とローラ殿は元勇者ユウヤを殺すために殺気を漲らせ地下牢へ向かい、元勇者ユウヤを滅多打ちにして泣き崩れ、ファノン殿とフィオーレ殿は抱き合って泣いておられたそうです。ずっと貴殿に謝りたいと泣いておられました」
目を覚ます、そういうことか。
「《魅惑の瞳》に操られ解放されると、操られてた間の記憶が残ります。彼女たちは貴殿の知る彼女たちであり、操られてた彼女たちでもあるのです」
「………」
だから何だよ。
俺に許せってのか?
「勇者殿……彼女たちは悔いております。女性である以上、元勇者ユウヤのスキルには抗えなかったはず。貴殿の旅の扱いについては存じておりましたが、貴殿の知るかつての彼女たちは、そのようなことをする少女たちだったでしょうか?」
「………」
違う。
俺の知るシャオなら、野営のテントの組み立てを手伝ってくれたはずだ。
シャオは意外と器用だったし、慣れれば俺より早く組み立てられるはず。
ローラはきっと、料理を作ってくれる。
肉ばかり食べる俺に、野菜も食べろとうるさく言う。
得意な料理は野菜のスープで、母さんと一緒によく作ってた。
ファノンはきっと、買い出しを手伝ってくれる。
町に買い物へ出たときは、きっと手伝いつつおねだりしてくる。
昔、買い物を手伝って貰ったとき、お菓子をねだられ買ったことも何度かある。
フィオーレはきっと、馬の世話を手伝ってくれる。
近所のネコやイヌを可愛がってたし、動物好きだった。
それに、風邪を引いた俺を1日中看病してくれたこともある。
「勇者殿、彼女たちを赦せない気持ちは分かります。勇者殿たちの境遇を知っているからこそ、言わせて頂きます」
「……調べたんですか」
「はい。大聖堂で見たときから、少女たちと特別な信頼関係が見えました。それがあそこまで変わるとは、あまりにも信じられなかったので、調査をさせて頂きました」
たぶん親父や母さん、シャオたちの両親にでも聞いたのか。
近所のおばさんたちなら、喜んで話しそうだ。
「勝手なことをして申し訳ありません。責任は取らせて頂きます」
「いいです。そんなこと」
本当にどうでもいい。
なんでこんな気持ちになるんだ。
それにしても……この騎士団長、おせっかいすぎる。
「あの、なんでそんなに気にするんですか……?」
「もちろん、全ての責任は王国にあるからです。そもそも、異世界召喚の儀式など行う必要は無かった。歴代の勇者は魔王が現れると同時に必ず現れたので、異世界人の力など必要なかったのです。それを王国の魔術師たちが、王の判断も仰がず召喚の儀式を行いました……異世界人には特別なスキルが宿ると信じ、伝承にのみ存在した召喚魔術を行ったから、これほどの不幸が生まれてしまったのです」
確かにな。
もしユウヤが現れなかったら、俺が勇者としてシャオたちと龍退治に向かい、魔王を討伐する。
だけどそれじゃユノと出会えなかった。
「………わからない」
そもそも、ユノはユウヤがいたから出会えた。
ユウヤがいなかったら、ユノはこの世界に来なかった。
くそ、頭が痛くなってきた……。
「勇者殿……」
「もう、わからない。俺はどうすればいいんだよ……」
俺は頭を抱えた。
不思議とシャオたちが憎めなかった。
操られていたから、だからシャオたちを赦せというのか?
あんなに憎かったのに、今では昔のことばかり思い出す。
「………ユノ」
逢いたかった。
ユノに逢いたかった。
そんな真実、知りたくなかった。
**********************
騎士団長は立ち上がり、俺に言う。
「勇者殿。一度だけ彼女たちと話してみてはどうでしょう。お互い真実を理解した今、きっと分かり合えるはず」
「………」
「その後、ゆっくりと考えるべきです。はっきり言って、彼女たちは王都には居られません。あれほど国民の前で元勇者ユウヤの妃を宣言したのです。この王国内に居ればきっと辛い目に合うでしょうな」
「………それは、俺にアイツらを連れて行けってことですか?」
「そうは言ってません。まだ予定ですが、勇者殿が賜る予定の地域は王国から外れたやや僻地。そこなら元勇者ユウヤの妃がいても、大した噂にはならないでしょうな」
そうだろうか。
いや、騎士団長が言うならそうなのだろう。
「では、私は失礼させて頂きます。勇者殿」
「………」
騎士団長は去って行く。
そして、一度だけ立ち止まる。
「勇者殿、後悔だけはなさらぬよう………」
騎士団長が立ち去るまで、俺は俯いていた。
**********************
ユノの言葉を思い出す。
『彼女たちには、貴方が必要です』
もし、このままシャオたちを見捨てたら。
元勇者ユウヤは、8龍を屠った英雄ともニセ勇者とも呼ばれてる。
シャオたちは勇者パーティーと言われ尊敬されてるけど、どうしてもニセ勇者の妃とも呼ばれるだろう。
このまま城に仕えるのか、それとも剣を捨て平民に戻るのかは分からないが、記憶を取り戻したなら家に帰るだろう。
影でバカにする者もいれば、その強さを称える者も出てくるだろう。
これからのことなんて、分からない。
どうなるかなんて、わからない。
「………話す、か」
騎士団長が言っていた。
シャオたちと、一度話してみろと。
シャオは、俺に謝りたいと言っていた。
俺は全ての感情をぶつけたけど、アイツらからは何も聞いてない。
全てを吐き出した今、冷静に話を聞けるかもしれない。
赦せない気持ちはある。
だけど、シャオたちと話してみろと思う気持ちが生まれる。
ここでシャオたちと話さなかったら、俺は後悔するだろうか。
「……わかったよ」
俺は立ち上がり、空を見上げる。
雲1つ無い星空が輝いている。
「赦すとか、赦さないじゃない……話してみる、か」
後悔しないために、話す。
どんな結果になろうと、受け入れる。
シャオたちが謝るならそれでいい。
話して、キッチリとケリを付けよう。
「帰ろう………たぶん、ローラはいるだろうな」
まずは、ローラと話してみるか。
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