14・煮え滾るマグマ、大噴火


 何年も一緒に過ごした義妹なのに、この家に居るのがあまりにも不自然な感じがした。

 親父は曖昧に微笑み、母さんは悲しそうな表情だ。

 母さんに至っては、実の娘なのにどこかぎこちなく見えた。


 俺はテーブルに座り親父と話していたが、ローラが帰って来たことにより話は中断された。

 そして、おずおずとローラは俺の隣に座る。


 「あ、あの、兄さん······」


 は? にいさん?

 何言ってんだコイツ?

 

 「兄さん······誰のことだ? 俺はお前の兄じゃないぞ?」

 「お、おいアーク」

 「悪い親父、母さんも。俺は親父はもちろん、母さんも実の母親と思ってるけど、コイツは違う。コイツ自身が言ったんだ、俺は兄なんかじゃない、血の繋がりのない他人だから、私に構うなってな。そうだよな?」

 「そ、その······」

 「ふん。王都へ帰還してから一度も寄り付かなかったクセに、何で急に帰って来たんだよ? 祝賀会が終わるまでは城へ居ていいって言われただろ? まさか俺が帰って来たから来たんじゃないだろうな」


 言えなかった思いが、こみ上げて来た。

 既にローラに対して冷めた感情しかなかったのに、グツグツと煮えた思いが吹き出した。

 気が付けば立ち上がり、言葉というマグマが噴火した。


 「いいか、お前は俺との縁を切ったんだよ‼ お前自身が望んで、ユウヤと1つになるって言って、お前が俺を切り捨てたんだよ‼ それなのにユウヤが死んで俺が勇者になったから無かったことにしてくれってか⁉ ふざけんなよ‼ 俺はお前の都合のいいオモチャじゃない‼」

  

 ずっと一緒にいた義妹。

 可愛くて仕方ないくらい、ローラが好きだった。

 だからこそ許せなかった。

 

 「に、にいさ」

 「うるせぇっ‼ 俺を呼ぶんじゃねぇっ‼ 俺の近くに寄るな!! この裏切り者がっ!!」

 「アーク‼ 落ち着け‼」


 親父に怒鳴られ、ようやく我に返る。

 いつの間にか俺は肩で息をしていた。

 ふざけやがって、コイツと同じ空気は吸いたくない。


 「悪い親父、母さん。また来るから」

 「アーク、ご飯は······」

 「母さん、ごめん······」


 キッチンから香るのは、俺の好きな肉の焼ける香り。

 きっと奮発したのだろう、罪悪感が湧き上がる。

 だけど、ローラと並んで食事なんて、まっぴらゴメンだ。


 俺は出口のドアへ向かい、乱暴に開けた。

 

 「あ······アーク」

 「アーク、その」

 「アークくん、私たち……」

  

 帰って来たのか、シャオたちが揃っていた。

 俺の声が思った以上に響いたのか、家が隣同士だから仕方ない。


 「どけよ‼」


 俺はシャオたちを押しのけた。

 今更何を言っても遅い。遅すぎるんだよ。


 だが、シャオたちは退こうとしない。

 俯いたまま、何かを期待するように。

 どこまでも俺の神経を逆なでしやがって。


 「お前らの旦那なら城の地下牢に居るぞ、俺の相手なんかしてないで、さっさと行って腰でも振ってろ‼」


 今更なんだ、何で俺の前に立つ。

 何が狙いなんだよ。ワケわかんねーよ。

 

 「アーク、話を聞いて······その、アタシたち、謝りたくて」

 「はぁ? 何に対して謝るんだよ。なぁシャオ、お前言ったよな、ユウヤと結婚して王妃になるって。そのユウヤがダメになったら今度は俺か? 真の勇者の俺に擦り寄ってくんのかよ? 舐めんじゃねーぞ‼ ユウヤの女なんざこっちから願い下げだ‼」

 「うぅ……」


 都合のいい言い訳をしようとするコイツら。

 何が謝るだ。謝って済ませてどうする気だ。

 そして、宿屋での情事が頭に浮かぶ。

 俺を裏切り、ユウヤに擦り寄るコイツらの甘い声が。


 「ファノン、お前もだ‼ 俺がウザいんじゃないのか? なぁおい、真の勇者の俺がウザいんだろ? なぁ‼ 俺は弱っちくてユウヤとは違うもんな、へっぽこな剣技で弱っちい盾だもんなぁ!! それが今や真の勇者だ、なんなら俺と戦うか!?」

 「ち、ちが」

  

 溜め込んでた思いが口から出る。

 熱い思いが、マグマのように。

 ユノの死、そしてユウヤに寄り添い立ち去るコイツらが頭に浮かぶ。


 「フィオーレ、俺を道具扱いしてたよな? 便利な盾だって、ユウヤに劣るけど使い道はあるって。なぁおい!! 俺が熱出したときも、魔獣に怪我させられたときも、薬なんてくれなかったし手当もしてくれなかった!! そんな薬師が今更なんの用だよ!! 死にかけてるユウヤの傍に居るのが筋ってモンだろーが!! あぁん!?」

 「そ、それは」

 

 マグマは止まらない。

 でも、いずれは冷えて固まる。

 冷えた想いは、涙となってこぼれ落ちる。

 何故かユノの笑顔がちらつく。


 『アークさん、シャオさんたちを信じてあげて下さい』


 ごめんユノ、ムリだよ。

 俺はお前が、お前の死が忘れられない。

 原因はユウヤだとしても、裏切られた事実は、俺を捨てた事実は変わらない。


 「俺は、俺はお前らが好きだった‼……それを、その思いをお前らが壊したんだよ‼ ユノが死んだときお前ら何してた⁉ 酒場でユウヤとイチャついて、ユノが死んだことすら忘れてた‼ 教えてやるよ、お前らがユウヤに腰振ってる時に女神の神託が来たんだよ‼ ユウヤはニセの勇者だって、俺が真の勇者だって‼ ざまぁねぇなぁ、ハハハハッ!!」


 もう、わけがわからない。

 目の前にいるシャオたちに、ひたすら思いをぶつけてる。


 4人は震えて俺の叫びを聞いている。

 シャオは震えて涙を流し、ローラは頭を抱えて蹲り、ファノンはボロボロ泣きながら唇を震わせ、フィオーレは顔を押さえて震えてた。

 

 「ユノは、ユノはなぁ!! お前らと友達になりたいって言ってた!! 魔王を倒したら友達になれるって、笑って言ってたんだぞ!! なのにお前らはユノの死に何も感じなかった!! 笑ってユウヤと去って行った!! 泣く俺を無視して酔っ払って、俺の心情を無視して勇者と盛ってたんだよ!!」


 ユノは、シャオたちと話してみたいって言ってた。

 どうして、あんなに冷たく出来たんだ。

 どうして、ユウヤしか見てなかったんだ。


 「お前らはユウヤに会って変わった。俺を捨てて、思い出を捨てて、ユウヤとの未来しか見てなかった。お前らが俺に謝ろうと、お前らが壊した過去は直らない。お前らが直そうとしてる過去に、かつての俺はもういない」


 急に冷えてきた。

 これは外の空気が室内に入ってるからだろうか。

 もう、本当に終わりにしよう。


 「シャオ······俺はお前が本当に好きだった。初恋だった。だから、俺の告白を受けて、プロポーズを受けてもらって、本当に嬉しかった」

 「あ、アーク······あたし」


 シャオの答えは聞かない。

 全員が硬直する中、俺は微笑んだ。



 「さよなら」


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