11・女神の聖剣アンフィスバエナ


 《魔王ブリガンダイン》は、8龍を合体させたような巨大な龍だった。

 

 俺は現在後方でモンスターと戦っているが、軍の士気が下がり始めている。

 その原因は、どう考えても勇者のせいだった。


 「くそ、何で、何でだよ!! なんで聖剣がこんなに重いんだ!!」

 「落ち着いてユウヤ、このままじゃ」

 「黙れ!!」


 前線ではそんなやり取りがされてるらしい。

 俺は後方で仲間を守りながらモンスターを倒してる。


 「アーク!! 仲間を頼む!!」

 「任せろっ!!」


 俺はモンスターに囲まれてる志願兵たちを囲むように盾を出す。

 今や盾は100以上出せるようになり、強度もハンパじゃない。

 空を飛ぶ飛龍部隊のブレス攻撃を難なく弾き、盾をプレスするように生み出して飛龍を100以上打ち落とす。

 その光景に仲間の志願兵たちが驚き、俺を頼るようになっていく。

 

 いつの間にか俺は、志願兵たちの指揮官みたいな位置に立っていた。


 「前線はどうなってる!?」

 「苦戦しています、大型のモンスター相手に、騎士団や王国兵が奮闘しています。それと、勇者ですが……」

 「どうした?」

 「その、剣が振れずに叫んでいるようです。勇者の妃たちがガードしつつ戦っているようですが……」

 「……わかった。こちらの状況は?」

 「後方部隊のモンスターはほぼ全滅。後は最前線のみとなります」

 「よし!! 負傷兵を後方基地に運んで護衛に一部隊置く、それ以外は最前線に突入、指揮は俺が執る。この戦いを終わらせるぞ!!」

 「はっ!!」


 やばい、なんか楽しいな。

 ここでいっちょやりますかね。

 

 志願兵の数は約3000人。

 負傷兵や護衛を抜きにして、これだけの数が集まった。


 「アーク隊長!! 指揮をお願いします!!」


 いつの間にか副官に就任した青年が俺に敬礼をする。

 俺はなんだかんだで愛用していた鉄の剣を抜き、天高く掲げた。



 「行くぞ野郎共!! 今日の晩メシは魔王の丸焼きだっ!!」



 自分で言っといて何だが、正直あの魔王は食べたいとは思わない。

 っていうかこんな状況なのに笑いが起きてしまった。


 前線からかなり離れているのに、《魔王ブリガンダイン》の姿は見える。

 今まで倒した龍を混ぜ合わせたカラフルな龍という風貌は、大きくも恐ろしい。


 「行くぞーーーッ!!」



 だが、俺たちは突進した。



 **********************



 魔王城とは名ばかり。城などなくただの大きな洞穴に《魔王ブリガンダイン》は住み着き、強固な結界を張り、自身の身体の一部を使い結界を守護する8体の龍を生み出した。


 ユノ曰く、魔王とはこの世界に発生する自然災害そのもの。

 《勇者》というスキルは、それを駆除するためにユノが……《女神アスタルテ》が作り出したスキル。

 本来は俺が《勇者》となるはずだったが、異世界から呼ばれた人間という存在がバグとなり、本来の勇者である俺ではなくユウヤを勇者としてしまった。

 そのせいか勇者ユウヤでは、魔王駆除スキルである《勇者》を完全には扱えず、魔王駆除道具である『聖剣アンフィスバエナ』を完全には扱えない。

 だからこそ《女神アスタルテ》は、自身の力を究極まで削り、感情すら最低限に削ってこの世界に侵入した。

 その目的は本来の《勇者》である俺に、ユウヤのスキルを移し替えるため。

 そして移し替えは成功したが、余りにも肉体が弱すぎたために死んでしまい、俺の夢に干渉して事実を告げた。


 今までのことを振り返りながら馬を走らせる。

 背後には3000余りの兵。全員が俺を信じて着いてくる。


 「アーク隊長!!」

 「ああ、任せろっ!!」


 俺たちの前に、5メートルはありそうなオーガ部隊が立ちはだかる。

 騎士団が善戦してるようだが、俺は一気にケリをつけることにした。


 「盾よ、押しつぶせッ!!」


 俺は一体につき盾を6枚出し、上下左右に展開。

 そのまま正方形の箱を作り、全力でプレスした。


 グロい。箱に押しつぶされて肉体が破裂した。

 正方形の箱となった盾は、血と臓物で真っ赤な赤い箱に変わる。

 突然のことに、騎士団や志願兵までも驚いていた。


 「す、スゴい……。流石はアーク隊長……」

 「いや、ははは。ところで俺っていつから隊長なの?」

 

 まぁどうでもいい。

 同じように残りを始末し、何故か騎士団の残りも俺の指示に従うようになった。

 どうやら戦場では実力至上主義、強い者が上に立つ仕組みらしい。


 これで敵は最前線にいる魔王。味方は勇者と騎士団の精鋭のみ。

 俺の率いる志願兵・王国騎士、王国兵の連合軍は一万ほどの数になり、負傷兵を下がらせて全軍で突撃した。


 「もうすぐ……」

 「はい、勝利は目前です!!」

 「……ああ」



 95%



 **********************



 最前線はヒドい有様だった。

 勇者親衛隊は無残に殺され、勇者は無傷で蹲っている。

 それに比べてシャオたちは傷だらけで、装備した鎧はひびが入り、スキルで生み出した武具も破損していた。


 「ゆ、勇者様は何を!? どうして戦わないんだ!!」

 「おい、聖剣の色が黒くなってる……どういうことだ」

 「ま、まさか、勇者ユウヤは……」


 不穏な空気が広がり、驚いたことに《魔王》が口を開いた。


 『ハハハハハハッ!! 愚かな人間たちよ、このような偽りの勇者で、本当に我を倒せると思ったか!!』

 

 その声は戦場中に響き渡り、俺以外の全員が聞いて硬直した。

 

 「い、偽りの勇者って……どういうこと!?」

 「そ、そんなわけないよ~!! ユウヤは聖剣に選ばれた勇者なんだから~!!」

 「皆さん!! 魔王の言葉に耳を傾けてはいけません!!」

 「ユウヤさん、早く魔王を……」

 「う、うぅぅ……うぁぁ……!!」


 勇者は立ち上がり、もはや引きずることすら困難な聖剣を辛うじて持ち上げる。

 その顔は涙と屈辱に塗れ、イケメンが台無しだった。



 「ぼ、ボクは勇者なんだ!! 選ばれた勇者なんだ!! 女神に愛された、聖剣の使い手の、ゆ、ゆ……勇者なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 最後の力を振り絞り、勇者は剣を掲げる。

 しかし奇跡など起きるはずがない。刀身は錆び付き始め、まるでユウヤに触れられているから朽ちていくようにも見えた。



 『下らん。偽りに相応しい愚かな人間よ』



 次の瞬間、勇者ユウヤの両腕は肘から切断され灰になった。

 聖剣は吹き飛ばされ、まるで導かれるかのように俺の目の前に突き刺さる。



 100%



 **********************



 冗談でも何でもない。ユノのお守り石から声が聞こえた。


 『アークさん、剣を掴んで下さい。それで《勇者》のスキルは覚醒します』

 「ユノ!?」

 『この声はこのお守りを通して伝えています。真の勇者として、《勇者アーク》として戦って下さい』

 

 どうやら、俺にしか聞こえない声のようだ。

 『聖剣アンフィスバエナ』は、俺から10メートルほどの距離に刺さっている。

 俺は馬から降り、ゆっくりと歩き出した。


 『ぬ……? 小僧、キサマ』

 「あ、アーク隊長?」 


 《魔王ブリガンダイン》と、名も知らぬ副官の声。

 周囲の兵士たちも、俺の挙動を見守る。


 「あ、アーク?」

 「アーク~?」

 「兄さ……」

 「アークくん……?」


 俺を呼ぶ勇者の妃たち。

 そう言えば久し振りに俺を見て、俺の名前を呼ばれた気がする。


 『アークさん、きっとこれが言葉を交わせる最後の機会です』

 「そっか……でも、声を聞けて嬉しいよ」


 熱い想いが、胸からこみ上げてくる。

 ユノは少しだけ黙り、強い口調で話す。


 『私は本来、そちらに干渉することが出来ません。人間になって侵入したのも苦肉の策でした。ですが、女神として《勇者》のスキルを生み出した者としての責任を果たすため、貴方に接触しました』

 「うん、わかってる……」

 『だけど、貴方に会えてよかった。僅かな時間でしたけど、貴方と過ごした時間はかけがえのない宝でした。女神として見守ることしか出来なかった私に、この世界の真の素晴らしさを教えてくれた』

 「それは俺もだ。ユノが居たから頑張れた、お互い様だ」


 声が震えないように、涙が流れないように努力するのは、何よりも難しかった。

 ユノの言葉を胸に刻み、拳を強く握る。




 『こんなことを言うのは《女神》としてタブーですけど……貴方が《勇者》で本当に良かった』




 そして、ユノの気配は消えた。

 俺は『聖剣アンフィスバエナ』の前に立ち、錆び付いた剣の柄を握る。

 

 「《女神アスタルテ》よ、その力を俺に!!」


 次の瞬間、錆び付いた剣が黄金に輝き、莫大な閃光が戦場を照らす。

 温かく清らかな力が俺の全身を巡り、まるでぬるま湯が噴出するような感覚に囚われる。


 『ば、バカな!? これは……勇者の、『聖剣アンフィスバエナ』の!!』

 

 魔王が驚愕し、周囲はざわめく。

 すげぇ、今なら何でも出来そうだ。


 「お、おぉぉ……アーク隊長が、浮いてる……」


 そう、俺の身体は黄金の輝きを纏いながら浮き上がる。

 戦場にいる誰もが俺を見た。

 名も知らぬ俺の副官は叫んだ。


 「ゆ、勇者!! アーク隊長、いや《勇者アーク》だ!! あれは真の勇者だ!!」


 それは爆発的に連鎖し、戦場が《勇者アーク》コールだ。ちょいと恥ずかしい。



 『お、オノレェェェッ!! このまま滅ぼされてたまるかァァァァァッ!!』



 魔王は渾身のブレスをはき出すために息を吸う。

 しかし俺は剣を振るい、黄金の衝撃波で魔王をなぎ払った。


 「おぉぉぉーーーっ!! 勇者アークだーーーッ!!」

 「最強、最強の勇者だーーーッ!!」

 「とうちゃん、かあちゃーーんっ!!」


 もはや、俺VS魔王となっている。

 兵士たちは歓声を上げ、シャオたちは唖然としてる。

 

 「行くぜ魔王ブリガンダイン、決着を付けるぜ!!」

 『こ、ぞうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』


 俺は剣を構え、『聖剣アンフィスバエナ』の真の姿を見せつける。


 「『|聖鎧化(せいがいか)』」


 まるで太陽のような明るい光に包まれ、俺の身体を黄金が包む。

 魔王に、シャオたちに、志願兵・王国騎士たちに、そして勇者ユウヤに見せつけるように、俺の姿は黄金の全身甲冑に包まれていた。

 さらに背中にはユノと同じ12枚の翼が広がり、まるで鎧の天使のようにも見えた。


 『お、おぉぉ……せ、『|聖鎧化(せいがいか)』だと!? ま、まさしく、真の勇者……』

 「これで終わりだ!!」


 俺はアンフィスバエナを構え、黄金のオーラを刀身に纏わせた。

 そして、魔王めがけて全力で振り抜いた。


 「ゴールデン・サンスラッシュ!!」


 一刀両断。

 そして溢れんばかりの黄金の光。


 『オオォォォォォォ………これ、が……ゆう、しゃ……』


 魔王は、黄金のオーラに包まれ、完全に消滅した。

 魔王の消滅と共に、兵士たちの大歓声が上がる。

 だが、俺はアンフィスバエナを見つめ、ポツリと呟いた。



 「ありがとう、ユノ」



 もう届かないとわかってても、どうしても伝えたかった。

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