9・頑張るよ、俺が守るから。
「ゆ……ユノ?」
「はい、ユノです。アークさん」
「こ、こりゃ夢か?」
「はい、夢です」
俺は立ち上がり、乱暴に目元を拭う。
目の前にいるのは、俺の仲間のユノだった。
さらりとした銀髪に、俺が買ったシンプルな服を身につけている。
そして今は満面の笑みを浮かべていた。
「私をあんなに想っていてくれて、ありがとうございます」
「ゆの……ユノぉぉぉぉっ!!」
俺はユノに飛びつき……すり抜けた。あれ?
「……ごめんなさい。今の私は精神体なので触れることは出来ません。肉体を失った今、帰るべき場所へ帰らないと行けないんです」
「帰る……天国か?」
「似たような場所です。まぁ、少し違いますけどね」
「······お、俺も······俺も一緒に連れて行ってくれ!! もう、アイツらと一緒にいるのは」
「······ダメです。アークさんはまだやるべきことがあります」
「え……」
「それは、《魔王ブリガンダイン》を倒すことです」
何故だろう。ユノが神々しく見える。
見慣れた顔なのに、目が離せない。
「そ、それは勇者の仕事だろ。俺はタダの荷物持ちで」
「その通りです。ですが、勇者ユウヤでは『聖剣アンフィスバエナ』の真の力を使うことが出来ません。それが出来るのはアークさん、貴方だけなんです」
「ど、どういう?……意味が、それにユノ、お前は一体……?」
「まずは、私の正体から話しますね……」
すると、ユノの身体が発光し、全くの別物になった。
顔立ちや流れるような銀髪はそのままだが、銀色に輝く法衣を纏い、背中には12枚の翼が広がった。
発するオーラは、まるでこの世の物とは思えない。まるで……。
「ユノは地上での仮の姿。私の本当の名は《女神アスタルテ》です」
まるで女神のような………女神だった。
**********************
「まず、《魔王ブリガンダイン》についてです」
「……えっと、はい」
「魔王とは、自然災害のような物で、数百年に一度地上に現れ、生物を根絶やしにしようと活動を始めます。これに対抗して私が作り出したのが《勇者》というスキルです」
「し、自然災害?」
「はい。この私が作り出した地上に現れる|災害(ウィルス)。それが魔王の正体です」
「………」
「続けますね。私は直接的には地上に干渉出来ません、だから《勇者》を作り出し、魔王を退治するプログラムを生み出したのです。生身の人間ではネットワークに干渉出来ないので、ウイルスを駆除するためのソフトをインストールしたようなものですね」
「へ? ぷろぐら? ういるす?」
女神用語だろうか、俺には理解出来ない。
ユノは「ごめんなさい。勇者は魔王を倒すためのスキルです」なんて言って申し訳なさそうに微笑んでる。
「と、とにかくこれは私のミスであり、この地上の人間の可能性に驚いたことでもありますが………」
「な、なに?」
「異世界召喚、そして別次元の人間がこの世界に呼び出されたことです。まさか、私が作り出した世界に穴を空けられるとは思いませんでした。その結果、この世界に入り込んだ|異物(ユウヤ)がバグを引き起こしたのです」
「|異物(ユウヤ)が、ばぐ?」
「そうです。《勇者》のスキルは、本来はアークさんが授かる物だったんです」
俺は、もう一度ほっぺを抓った。
**********************
「この世界の人間が、別の次元の人間を呼び出した事によりバグが発生し、本来アークさんが受け取るはずだった《勇者》のスキルがユウヤの手に渡ってしまったのです。だから私が地上に降りてユウヤとアークさんのスキルを書き換えたんです」
俺の表情から察したのか、ユノは説明を止める。
俺はいまいち理解出来なかったが、ユノを疑うことはない。
要は、勇者のスキルをユウヤに奪われた。
ユノの正体は《女神アスタルテ》で、勇者のスキルを俺に戻すために来た。
オーケー。ここまでは理解出来た。
俺はユノに続きを促す。
「女神の姿で地上に干渉すると多大な影響を与えてしまうため、地上に降りるための肉体を作り、感情や力を極限まで削りました。そしてアークさんと一緒に寝てるときに、辛うじて改変プログラムをインストールしたんです。力が弱かったので、かなり時間が掛かりましたけどね」
あれか、一緒に寝てるとき手を握ったやつか。
何故か眠くなったけど、その「いんすとーる」とやらが眠気の原因みたいだな。
「これから徐々にですがユウヤの力はアークさんに流れ始めます。現在3%……この調子だと、魔王と出会う頃にはアークさんが本来のスキルを取り戻せるはずです。あと《輝く盾》はそのまま使えるようにしておきましたので」
「え!? じゃあユウヤは……?」
「はい。普通の人に戻ります。私の力でももう別次元には送れません。残念ですが、この世界で生きて貰うしかありません……。それに、現在のユウヤのスキルはバグによって得られた物で、|ユウヤ本来のスキル(・・・・・・・・・)と併用して《勇者》の力を行使しています。スキルが抜けた後、恐らく思考や運動能力に障害が発生するでしょうね」
「あー……まぁ大丈夫だろ。介護要員が4人もいるし。シャオたちならユウヤの世話係に相応しいだろ」
俺がそう言うと、ユノはフルフルと首を振る。
そして、悲しそうに微笑んだ。
「······アークさん、シャオさんたちを信じてあげて下さい。時間がないので説明出来ませんが、直に目を覚まします」
「え?······シャオたちを、信じる?」
「はい。お願いします。彼女たちには貴方が必要です」
ユノは……女神アスタルテはクスリと笑う。
美しく、だけどどこか子供っぽく見える笑いだ。
そして、ユノの姿がブレる。
どうやら、別れの時間が来たようだ。
「アークさん。この世界を守って下さい。私はもう地上に干渉出来ませんが……アークさんなら出来るって信じてます」
「ユノ……いや、女神様」
「ユノでいいです。……貴方にはそう呼んで欲しいです」
「うん………ユノ」
「私はこの世界を見守っています。これからも、そしてアークさんも」
「ああ。ありがとう。……俺はユノを信じるよ」
「はい」
俺はユノに手を伸ばす。
触れることは出来ないけど、その頬に手を添える。
「アークさん……あったかい」
「うん……俺、頑張るよ。ユノが作った世界を守るよ、絶対に」
「はい……」
俺の目から涙がこぼれ落ちる。
ユノはそっと俺の手に触れる。温かく優しい、ユノの手を。
「貴方に《女神アスタルテ》の……ユノの祝福を」
ユノの身体が輝き、俺の意識は光に包まれた。
**********************
翌日。
眼を覚ました俺は買い出しに出かけ、薬草や食材を購入し宿へ戻る。
宿屋の一番上等な部屋に、勇者たちは眠っている。
そのことはもうどうでもいい、未来の介護要員なら、勇者の身体を管理するのは早いほうがいいだろうしな。
俺は、ユノの夢を全て覚えていた。
そして、ほんの僅かではあるが、身体に力が漲るのを感じた。
シャオたちを信じろという意味だけは理解出来なかったが。
そして、|ユウヤ本来のスキル(・・・・・・・・・)とは? 今は考えるのはよそう。
「やってやる。俺が守るんだ」
馬車を宿に着け、荷物を運び込む。
勇者たちが部屋から降りてきて、ようやく朝食を食べ始める。
俺はその間に出発の準備をする。
「………ユノ」
空は青空、天気は快晴だ。
残る龍は2体。白龍と紫龍のみ、そいつらを倒す頃には勇者ユウヤの力はかなり落ちるだろう。
だけど、俺がいる。
根拠はないけど、俺ならやれる。
「さあ、出発だ。まずは白龍の巣を目指そう!!」
「おっけー、頼むよユウヤ!!」
「えへへ、がんばるぞ~っ!!」
「ユウヤさん。頑張りましょう!!」
「うふふ、なんだか楽しいわね」
俺に挨拶もせず、勇者たちは馬車にのる。
俺は御者席に座り、白龍の巣に向けて出発した。
「ユノ、見ててくれ。俺、頑張るから……」
俺の|冒険(きぼう)は、ユノがくれた思い出と共にある。
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