7・涙のありがとう


 ユノと出会い約1年。龍退治は順調に進んでいた。


 残りの龍は3体。

 相変わらず俺は便利な道具扱いだけど、ユノのおかげで絶望せずにすんだ。


 ユノはよく働いてくれた。

 最初は食事の支度もテントも組み立てられなかったが、教えるとすぐに覚え、料理の腕なんて俺より上手くなっている。


 そして、ユノが加入して驚いたのが、龍以外の魔獣に一切襲われなくなったことだ。

 どうやらユノのスキルはモンスターを寄せ付けないらしい。

 シャオや勇者たちは喜び、ユノを正式にメンバーに迎え入れようとして勇者の部屋に呼ばれたが、ユノは一切拒否。

 俺の傍から離れようとせずに、シャオたちから不況を買った。

 

 だがユノはどうでもいいのか、変わらずに俺の傍にいる。

 5匹目の黒龍を倒し、王国へ帰還する途中の町でのことだった。


 勇者たちは町に遊びに出掛け、俺とユノは買い物をする。 

 いつもの補給物資の買い物で、いつも通りに終わらせた。

 俺の日課に加わったのは、買い物後のユノとのひととき。


 「お疲れユノ。何か食べるか?」

 

 買い物袋を両手に抱え、俺が聞く。

 ユノは小さい袋を両手で持ち、ぷるぷると首を振る。

 相変わらず無口だが、表情はかなり柔らかくなった。

 

 「遠慮すんな。ほら、クレープが売ってる。食べようぜ」


 屋台のクレープ屋でフルーツクレープを買い、ユノの持つ袋を奪い取る。

 ユノは大きなクレープを困ったように持ち、俺を見た。


 「ほら、食えって。美味いぞ」

 「······うん。いただきます」


 パクリと一口。

 ユノの顔は歓喜が溢れ、嬉しそうに俺を見る。

 俺も嬉しくなり笑うと、ユノがクレープを俺の口に運んで来た。


 「······アークさんも、はい」

 「お、おぉ」


 俺も齧ると、ふわりと柔らかいクリームと果実の瑞々しさが口に広がる。

 恥ずかしいなこりゃ。だがそれがいい。

 

 「美味いな、こりゃ美味い」

 「······よかった」


 なんだろう、ものすごく照れる。

 俺はユノを支えにし、冒険を頑張っていた。

  

 宿屋で勇者がシャオたちを抱く間に、俺とユノは旅の支度を整え早めに床につく。

 部屋は節約のため一緒で、1つのベッドに寄り添うように寝る。


 女神に誓うが手を出してない。

 そもそも、不思議とユノにそんな感情は抱かなかった。失礼かもしれないが。

 

 顔を洗い普通の服を着て髪を梳かしたユノは間違いなく可愛い。

 どうして奴隷になったのか聞いても、覚えてないとしか言わない。

  

 ユノの傍にいるだけで、隣の部屋から聞こえるシャオたちの甘い声は俺の頭を素通りしていく。

 まるで女神みたいな微笑を称え、ユノは言う。


 「あの……手を貸してください」

 「またか?……ほら」

 「……はい」


 ユノは寝るとき、必ず俺の手を取る。

 俺はユノと向かい合い、右手をユノの顔に持っていく。

 その手をユノは両手で握り、ゆっくりと目を閉じた。


 俺も眠気が来たので目を閉じる。

 すると、ユノの声が聞こえた気がした。



 「修······ム······イ······ル」



 俺の意識は、闇に包まれた。



 ********************



 王国へ帰還し、6匹目の龍が見つかるまで待機する。

 勇者たちは城でゴージャスな生活を送り、シャオたちは早くも王妃として振る舞い始めたとか。


 俺はユノと自宅へ。 

 親父も母さんも最初は驚いたが、すぐに馴染んだ。

 まるで新しい娘のように接し、ユノも2人に懐いている。

 

 家族で食事をし、ベッドへ。

 ローラの部屋があったのに、ユノは相変わらず俺の傍に来た。

 仕方なくベッドに空きを作り入れると、再びユノが言う。


 「アークさん、手を貸して下さい。これが最後です。そしてこれを持ってて下さい」

 「最後? なんだよこれ……?」

 「お守りです。アークさんに持っていて欲しいんです」


 ユノがくれたのは小さな袋。

 中には透明な石が入っていた。


 これまでにも何度かあった。

 ベッドに入りユノに手を貸すと、いつの間にか眠っている。

 俺はいつも通りに手を貸すと、やっぱり眠くなってきた。

 ユノは何かをブツブツ呟くが、何を言ってるのか分からない。



 「プ······更······ン······了」



 やはり、気がつくと朝だった。

 


 ********************



 俺はユノとデートしたり、親父たちと食事したりして休みを満喫していた。

 そして、ついに6匹目の緑龍が見つかった。

 驚くことに6匹目の緑龍と7匹目の白龍は同時に発見されたので、緑龍を討伐したらそのまま白龍の巣へ向かうことになった。


 俺は支度をしていつもの馬車へ。

 ユノも当然一緒だ。正直なところ家にいて欲しいけど。

 

 勇者とシャオたちは俺と殆ど話さない。

 事務的な会話はするが、それすら面倒くさいという感じだった。


 緑龍の住処に向かうと、馬車の中は相変わらず勇者ラブの会話が繰り広げられていた。

  

 「アークさん、辛い?」

 「え?」

 「彼女たち、許せない?」

 

 まるで見透かすような眼差し。

 その質問は俺の心を探るようで、俺はその瞳に吸い込まれそうな気がした。


 シャオたちを許せない気持ちは確かにある。

 だけど、俺は諦めきれない。小さい頃からずっと一緒だったのに、ぽっと出の勇者に全て奪われたことを認められないのかもしれない。

 我ながら現実を見ていない。勇者が現れて1年にもなるのに。

 俺は俯いていると、ユノが言う。


 「アークさん、緑龍を倒したら大事なお話があります」

 「話? 今じゃダメなのか?」

 「はい。2人きりでお願いします」


 いつになく真剣なユノ。

 俺は首を傾げつつ、緑龍の住処へ向かう。

 緑龍の住処は小さな森を抜けた先にある岩石地帯で、森の中はユノのスキルで魔獣は現れないはずだった。


 そう、魔獣は。




 「な、な、な······なんで、緑龍が⁉」




 だからこそ、森の中に緑龍が居るなんて考えもしなかった。



 ********************



 俺は馬車を止め、叫んだ。


 「緑龍だ‼ 降りろっ‼」


 勇者たちはようやく気付き外を見る。

 目の前に居たのはガマガエルに翼が生えた化物。

 口を大きく開け、何かを放とうとしている。


 「盾よっ‼」


 俺は3枚の盾を展開し、馬車を守るように前に並べる。

 だが、龍の前には無意味だ。精々時間稼ぎ。

 だからこそ俺はユノを抱きしめ、馬車から飛び降りようとして……聞いた。


 「アーク、そのままだっ‼」


 勇者の声に、俺は固まった。

 勇者が、シャオが、ローラが、ファノンが、フィオーレが飛び出した。

 なぜこのままなのか、勇者の暗い笑みを見て理解した。



 俺は、囮だ。



 「ユノっ‼」

 「アークさんっ」


 次の瞬間、緑龍のブレスが俺とユノを襲い、俺の盾が粉砕される。

 ユノを庇ったが、馬車と馬は吹き飛ばされた。


 馬が木に叩きつけられ死亡し、馬車は砕かれただの木片に。

 積んでいた荷物はバラバラに飛び散り、買った薬や食材なども飛び散った。

 俺はユノを抱え地面に転がり、意識を失い掛けた。



 最後に見たのは、勇者が緑龍を両断した瞬間だった。



 ********************



 「いやぁ驚いたよ。まさかここに緑龍がいるとは」

 「でもラッキーじゃん。町から近い森だし、馬車がなくても歩いて帰れるしね」

 「はい。これで残りは2体。あと少しですね」

 「よ〜し、町に帰って祝勝会だね‼」

 「ふふ、荷物は無くなりましたが、問題ないですね」


 声が聞こえてくる。

 勇者と、シャオたちの声が。


 「う、ぐぅぅ······」


 俺はユノを抱きしめたまま意識を失っていたらしい。

 身体中が悲鳴を上げ、擦り傷や打撲で全身が傷んだ。


 「あ、あー······く、さ······」

 「ユノ、無事············え」


 俺は、全身が凍りついた。





 ユノの腹部に、木片が突き刺さっていた。



 


 「ゆ、の············ユノォォォォっ‼」


 血溜まりが広がっている。

 俺はユノの顔を抑え、呼び掛けた。


 「ユノ、大丈夫、大丈夫だ。しっかりしろ、な」

  

 俺はフィオーレに向かって叫んだ。


 「フィオーレ姉さん‼ くすり、薬をくれ‼ ユノが死んじまうっ‼」


 場違いなほど騒いでいた勇者たちは、ここでようやくユノに気付く。

 しかし、フィオーレはつまらなそうに言う。


 「ああ、薬は全て馬車の中です。と言っても全てブレスで駄目になりましたけどね」


 あっけらかんと言う。なんだコイツは。

 勇者もシャオもローラも、フィオーレもファノンも、どうでもいいように言う。


 「あちゃ〜、残念だけどもうムリね。アーク、ちゃんと埋めてから来なさいよ」

 「ユウヤ、町へ帰りましょう。今から帰れば夕方には着くでしょうしね」

 「な〜んかお腹減ったぁ〜、ご飯にしよ?」

 「しかし、食材も全て無くなりましたし、早く帰るしかないですね」


 なんだコイツらは、なんなんだよ。

 どうしてそんなに冷たく出来るんだよ。

 勇者はユノを見つめ、首をかしげる。


 「……う〜ん。今の彼女には何も感じないな? まぁいいか。アーク、先に戻ってるから気の済むまでお別れしてくれ。それじゃ」


 そう言って、勇者たちは去って行く。

 俺は本当に絶望した。


 「あー、くさ……ん、聞い、て……」

 「ユノ、ユノ······」


 口から血を流し、それでも笑う。

 命が失われていくのがわかった。わかってしまった。


 「ゆう、しゃ……しんの、勇者······」

 「············え?」

 「ユウヤ、バグ……ほん、とは、アークさ、ん······」

 「何、なんだよユノ?」

 

 ユノの呼吸が弱くなっていく。

 俺とユノの瞳から、静かに涙が溢れていく。


 「たのし、かった······アーク、さん······」

 「ユノ、俺も······」

 

 ユノの手を握り、しっかりと見つめる。

 ユノも優しく俺の手を握り返した。



 「ありがとう·········」



 そして笑顔のまま、ユノは息を引き取った。

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