第三十話 古志加、行け! 走れ!
かっぽら、かっぽら、馬に乗り、
左手に毒の吹き矢をうけ、顔色の悪い
「なあ、
と、愛馬、
古志加をかばって毒の吹き矢を受けたので、古志加に感謝の抱きつきをされ、嶋成はデレデレ、しまりのない顔で笑ってしまったのである……。
「言わねぇよ。冗談だ。」
爽やかな美男である花麻呂は、あっさりと言う。
「なんだぁ……。」
嶋成はあからさまに、ほっとする。
くるくる癖っ毛の、美しい女兵士、右腕を負傷した
「ああっ! 見て!」
と前方を指さした。木々の向こう、山の上。
───ぽっ。
と、
花麻呂が、
「しまった!」
と
トイオマイの
兵士が手柄をたてる最後の機会だと、
「走れ!」
馬を駆けさせ、
「
嶋成が、愛しい
* * *
燃えている。
守りの日本兵が、倒れている。
急勾配の階段を、馬で駆け上がる。
あちらこちらから、火の手があがっている。
「ひどい……!」
古志加がつぶやく。
「まずい、火のまわりが早い!」
二の
三人とも、馬を降りる。
味方の兵が徒歩で戰っている、馬で轢き殺しかねないからだ。
二の
日本兵の倒れる数が、多い。
一対一で戰えば、蝦夷の兵は、百姓あがりの日本兵を、圧倒するのだ。
蝦夷の兵士は、土を焼き締めた壺を背中に背負う者、
蝦夷の二人が、日本兵の
何事か叫びながら、壺の中身を木の壁にぶちまけ、火矢を放つ。
───ボウッ!
火があっという間に、燃え広がる。
壺の中身は、油だ。
油は貴重だ。生活の為に使い、身体に、髪に塗り、交易品にもなる。
……蝦夷の兵は、もう、生活の為に、油を残す必要はない。
トイオマイの郷は堕ちた。
この蝦夷の兵には、帰る場所はない。
古志加は、少しだけ、哀れを覚える。
「
花麻呂が抜刀し、蝦夷の兵を一人、背中から斬り倒しながら、広場で戰っていた、
「蝦夷ども、燃やしにきてる。
久自良は、蝦夷の首を
「あっという間に散開した。あちこちで火矢を放ってまわってる。」
古志加も蝦夷と斬りあう。
右腕に力が入らないので、剣は、
「せっ!」
懐に入って、垂直に、下から上に
体術勝負だ。
蝦夷は強烈な蹴りをくらい、倒れた。
嶋成が抜刀しつつ、
「……医務室は?!」
と久自良に訊ねる。医務室に、
「さっき走って、避難をうながした。まだ燃えてなかった。平気だとは思うが……。」
「悪い、オレは……。」
嶋成が迷い、花麻呂が叫ぶ。
「ここは良い! 嶋成は医務室に行け! 佐久良売さまも守れ!」
「
嶋成が、医務室がある方向、二の
久自良が、
「ちがうんだ、花麻呂。
佐久良売さまは、医務室にいない。
お父上がいるからって……。」
「なんだって!」
とは花麻呂。
「そんな!」
とは、古志加。
佐久良売さまは、守らねばならない。
それが、鎮兵、共通の認識だ。
花麻呂が、古志加に叫ぶ。
「古志加、行け! 走れ! 絶対に死なせるな!」
「わかった!」
古志加は、だっ、と素晴らしい脚力で、北、
古志加の足は早い。
* * *
避難した
(佐久良売さま、どこへ行かれてしまったの?)
佐久良売さまは、避難を命じたあと、一人、走って姿を消してしまった。
それ以降、戻ってこない。追いかけた
心細い。
帰って来てほしい……。
二人とも、無事であってほしい。
(恐い。)
今にも、
毎日、負傷兵を看病して、とうにわかっていたはずだ。
でも、己の身近に、
生きた心地がしない。歯がカタカタ鳴る。震える身体にぎゅっ、と力をこめねば、今にも恐怖で叫びだしてしまいそうだった。
必死に、泣き出しそうになるのをこらえる。
(嶋成……、嶋成……。)
嶋成は、留守の兵ではない。ここから遠く離れた、トイオマイの郷を落とす決戦に向かっている。
嶋成が、ここに助けに来ることはない。
わかっている。
それでも、心に浮かぶのは、愛する
嶋成の名を、心のなかで呼ばずにはいられない。
(嶋成、嶋成。恐いの。助けて……。)
* * *
嶋成は、西へ走った。
愛する
医務室の前につく、その手前で、嶋成は、考えを巡らせる。
「はぁっ、はぁっ、避難、してるんだよな……!」
(身を隠す。
どこに蝦夷がいるかわからないなか、遠くには逃げない。
ヤブ、ある程度の人数が隠れられる、ヤブは……。)
嶋成は、過去、佐久良売さまを影から見る生活のなかで、医務室まわりは熟知している。
(西だー!)
はたして、医務室から少し離れた西のヤブで、ひそんだ人の頭を見つけた。
「はぁっ、はぁっ。鎮兵の、嶋成です。はぁっ……、味方です!」
名乗ると、ガサガサ、ヤブが揺れ、
「嶋成!」
涙目の大椿売が立って、ヤブをかきわけ、嶋成のほうに走ってきた。
怪我はない。
肉付きの良いふっくらした身体が弾む。
「嶋成……っ!」
大椿売は、嶋成の胸に飛び込んできた。
嶋成は、しっかり受け止め、大椿売を抱きしめた。
「大椿売、オレの
「怖かった、怖かった……。来てくださったのですね。夢ではないのですね?」
「夢ではありません。」
恋人たちは、かたく抱き合う。
ヤブにひそむ負傷兵が、
「おーい、それぐらいにしてくれぇ。」
と、なんとも
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