恋や明かさむ 〜偽りの縁談〜
加須 千花
真比登の章
第一話 父親は婿探しに奔走中。
八月の晴れ渡った日差し、緑したたる山、起伏にとんだ原っぱを、兵士が怒号を上げ、駆け登る。
または、
駆け上がる兵士の、
馬を駆る騎馬兵のよろいは、もっと良いものだ。
革製の
接敵した。
敵は、
皆、顔に入れ墨をし、シャパンペ(冠)をかむり、刺繍の美しいアットゥシ(オヒョウの木の皮でできた衣)を身にまとい、髪は顎で短く切り揃えている。耳に大きな輪飾りをつけ、あご髭が胸まで垂れている。
反りが強い、刃長一尺六寸四分(約47cm)の
盾はない。
日本の兵士と、蝦夷の男たち。
どちらも盾はない。
あちらこちらで、男たちが雄叫びをあげ、斬り、斬られ、
血生臭い匂いが、背の高い木々を縫って、四方に満ちる。
飛び交う矢が、ひゅっ、ひゅっ、と陽光に一瞬輝く。
ぴゅーろーおお……
鷹が驚いたかのように、天空を鳴き渡る。
もみあう男たちに、つと、風がふく。
それは、一つの騎馬より。
「お───らぁぁぁぁ!」
気合とともに、人影が下から天に打ち上がる。
見間違いではない。
一人の、背はそこまで高くはないが、大柄な
漆に黒光りする、鉄の
人の頭二つぶんあろうか、という、丸い、大きな石。一尺三寸(約42.9cm)。
それに柄がついている。
全長は、二尺六分(約62,3cm)。
まるで、
石は相当な重さであろうに、それを、
どれほどの
豪速の丸石に当たった敵たちは、小男だろうが、大男だろうが、天へふっとぶ。
次々とふっとぶ。
男は馬を足だけであやつり、駿馬は丘を駆け上がり、その速さ、
まるで、目に見えぬ
誰も、その
その馬、
その武器、
その
二十八歳。
人は畏敬を込めて、彼を
* * *
二十四歳の
四十半ばの
一方、二十四歳の
彼の
「
副将軍殿、と呼ばれた二十四歳の
「い、いないです。」
とかえす。
「
「い、いない……。」
「じゃ、子供もいませんね?!」
四十半ばの男が、くわっ、と目を見開く。姿形綺羅綺羅しい男は、そこで、ちょっとホッとしたような笑顔を浮かべ、
「いる! 私は
とかえした。
「ええ〜!」
と四十半ばの男は、がっくりと肩を落とした。
「
四十半ばの男は、未練がましい目で、じろじろと副将軍を見た。
加え、この
肌は白く。
切れ長の目は澄み。
すっと通った鼻梁。
上品な笑みを浮かべる口元。
常に背筋が伸び、立ち姿、歩く姿も
正真正銘の美男である。
(これなら、うちの娘も気に入ると思ったのに……!)
「うちの娘は、私が言うのもなんですが、かなり
ぐっ、とそこで父親は唇をかみしめ、
「教養つきすぎて、奈良の風にあたりすぎて、ちょっとばかり選り好みが激しいんです。
不細工な
妻がいる
子供がいる
教養がない
そんな
詰め寄られた大川は、のけぞりながら、つと、自分の後ろに控えた従者を見た。
「…………。」
その視線につられて、
大川と同い年、二十四歳か。
いつもムッと不機嫌そうな顔をしているその
父親の頭のなかで計算が働く。
(あ……、ダメだ。うちの娘と縁談させても、二人とも怖い顔で沈黙し、
さっと父親は大川に顔を戻し、
「私も四方八方、手をつくし、探したんです。
なのに! 娘は、私が苦労して探しだした
誰か! いませんか! 娘の縁談相手を! 是非に! 是非に!」
と力を込めて
「ああ〜。」
大川は、なんて面倒な、ともはや隠そうとしない顔で目を上に泳がせ、
「あ。」
と何か思いついたようだ。にっこり笑い、
「一人、いた。いましたよ、
と四十半ばの
「
* * *
戰は、
「ぷっは───。」
征夷軍の本拠地、
返り血を浴び、黒光りする
太い眉。強い光を宿す、大きめの目。男らしい顔立ち。引き結ばれた唇。
二十八歳、若さは落ち着いてくる年頃だが、美男、と言っても差し支えのない顔立ちである。
だが、彼を美男と言う者はいない。
何故なら、一番に目を引くのは、左頬に大きくある、醜い
もう
……人は、それを
「
涼やかな
「副将軍殿。」
「
大川の口調に尊大なところはなく、自然体だ。
「ありがとうございます。」
大川は、にっこりと、
「今日はある事をお願いしにきた。
あ……、上官命令だぞ。拒否は許さぬぞ。」
「
「おまえ、ここの
「……はっ?」
───実はこの
なにせ、この頬。身体全体にも、
ゆえに、
そういうもの、と、諦め、
……嫌悪の眼差しが
「あうあうあう……。」
と口走った。大川が話を進める。
「ここ、
(なんでこんな、誰もが振り向くような美男から、そんな事を言われなきゃならないんだ! オレの惨めさなんて、わからないんだろ!)
「縁談なんて、無理だ!
オレは
大川さまが縁談の席につけば良いじゃないですか! 地位! 財産! 顔! 大川様に
「むふー。」
大川さまは、なぜかニヤニヤと嬉しそうに笑った。
「その
(むふっ、じゃねぇ───!)
「オレの……、
(
知らねぇから、そんな残酷な事が言えるんだ、知らねぇから……。)
「三虎。」
「はい。」
大川さまは涼しい顔で、自分の従者にそのあとの会話を押し付けた。
(ひでぇ。)
後ろに控えていた従者、三虎が、一歩前にでて、無表情のまま
「
他に妻も
子供もいない事。
教養がある事。
おまえ二十八歳にもなって、独り身だろ。」
「無理だ!!」
「
断ることはできんぞ。断わって、明日からどうやって、この
「ぐっ。」
兵士として、食料の世話が受けられなくなるのでは、との考えが頭の片隅で閃き、
大川さまが再度、ゆったりと口を開く。
「
おまえは、その
お前は、
よって、断わる事は許さない。
今夜、
「……!!」
目を見開き、返事もできない
(これ、どうしたら良いんだ……。)
話を聞いて、わらわらと兵が
事の
「
副将軍とその従者は、
「……縁談に行ったら、教養がないって、こっぴどく怒られませんかね……。」
「だいたい、その
その上、不細工はダメ、教養ないのはダメ。まあ……、あの噂も当然ですね。」
ため息をつく
「ええと、噂、どこかで聞いたような……。」
と、昔どこかで聞いて、そのまま聞き流して覚えていなかった、
「平城京の
たいそう気難しくて、今まで四回、縁談して、その場で全員振られたとか。なあ、皆?」
まわりにわらわら集まっていた兵たちに、
うべな、うべな!(そうだ、そうだ)
と声があがる。
「うべなうべな。縁談中、難しい話をふっかけられて、答えられないと、料理の皿を投げつけられるとか。」
「うべなうべな。鬼より怖い顔で、
「うべなうべな。縁談すると、不幸が起こって、火事になるとか。」
「うべなうべな。奈良帰りだから、
「えっ、それ、全部本当?」
「さあ──────?」
皆が口を
「えっ、オレ、縁談したら、どうなるの、それ?」
「年増の美女に難しい話をふっかけられて、鬼より怖い顔で怒鳴りつけられ、料理の皿を投げつけられ、不幸が起こって火事がおこり、奈良帰りの
「えっ、えっ……?
振られるだけで良くない? それ全部いる?」
「さあ──────?」
再び、皆が口を揃える。
「オレ、嫌だ!
ついで、ブツブツつぶやきはじめた。
「オレがせめて
突如、ハッ、としたように、
「いたァ!」
と叫び、野次馬のなかに飛び込み、顔が良く背の高い、十八歳の若者の肩を、はっし、とつかんだ。
「
「えええええ───!?」
突然名指しされた若者の、驚きの叫びが、空にこだました。
↓挿絵「戰場の真比登」(近況ノートにとびます。手描きの鉛筆画です。)
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667746958382
↓挿絵「佐土麻呂と大川」
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667747242593
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