第48話 決別

「即位してからまだ三か月だろ? ほんとうに大丈夫なのか?」

「はい。ツキクサ様のお力添えもあり、既に新体制が盤石化しつつありますから」


 べガルアスが亡くなってから三か月。

 一時は混乱に陥ったルスティカーナも、今ではかつての盛況を取り戻しつつあった。


 キノカが人の身を取り戻したあの日。

 ツキクサは途中で意識を失い、次に目を覚ましたときには、二週間もの月日が流れていた。みんな泣きながら飛びついてきて大袈裟だなぁと思い、同時にみんながそれほどまでにツキクサを大切に思っているのだと実感できて、なんだかむず痒い気持ちになった。嬉しくて泣きそうになった。


 ツキクサが寝ついている間に、〈地下〉に収容されていた〈エボルバー〉は解放された。しかし過去に犯罪歴がある〈エボルバー〉については変わらず捕縛しているようで、悪には相応の制裁を加えようという姿勢が、如何にも正義に従事するリバルらしいなと思った。


 人体治験で精神を病んでしまった人には、一生涯かけて国が支援していくようだ。一度起きてしまったことをなかったことにはできない以上、それがベストな善後策と言えるだろう。


 また今後は〈エデンの塔〉を廃止するという声明が、これまたツキクサが寝ついてる間に出されたらしい。べガルアスに恭順に仕えている姿しか見ていなかったのでてっきり受動型だと思っていたのだが、どうやらリバルは状況判断力に秀でてた能動型のようだった。


 そのことに、三か月間ルスティカーナの再建事業に携わっていて気づかされた。リバルは王たる才知を持ち合わせていた。べガルアスはリバルの才能を見越して、彼を側近にしていたのかもしれない。


「とはいっても、まだ色々あるだろ。隣国との物流問題とか、経済水域問題とか……」

「たしかに問題は山積みですが、しかしいつまでもツキクサ様に頼らせていただくわけにはいきません。ツキクサ様もいずれは旅立たれます。そうなった際に、誰もツキクサ様の抜けた穴を埋められないとなっては困りますので」

「なるほど」


 リバルが言うように、今現在ツキクサは少々働きすぎている。間違いなく、リバルに次いで政経に影響を及ぼしている。

 樹立からかなりの歳月が過ぎた国家でならこの働き具合で問題ないのだが、しかし新政権樹立からまもない国家でこの働きは反って悪手だろう。


 頷いてツキクサは言った。


「わかった。なら俺はここらで手を引くよ」

「はい。今日まで尽力していただけたこと、心より感謝申し上げます」


 深々と頭を下げてくる。


「相変わらず堅苦しいなぁ。けどなリバル、王たるもの時には傲岸不遜に徹することも大切だ。国のトップがぺこぺこへつらってたとなっちゃ、バカにされちまうからな。だから謙遜もほどほどにしとけよ」

「肝に銘じておきます」

「おう。〈特別国政補佐官〉からのアドバイスだ」


 にっと微笑んで身を翻して足を進め、しかしすぐに伝え忘れていたことを思い出し振り返る。


「べガルアスは立派な王だったよ。リバルには酷薄な部分しか見せなかったかもしれないが、彼は死の間際まで国民の幸福を憂えた偉大な王だった。お前も負けないようにがんばれよ」


 青瞳に小さな灯を宿し、リバルは大きく頷いた。


「はい。必ずやべガルアス陛下に劣らぬ偉大な王となってみせます」

「困ったらいつでも連絡しろよ。俺は生涯ルスティカーナの〈特別国政補佐官〉みたいなもんだからさ」


 べガルアスと交わした約束は、これまでもこれからも果たしていくつもりだ。


○○○


 かくして、半年に及ぶルスティカーナでの任務は幕を閉じた。


 任務終了の旨を伝えるため、目的地に向かう途中にある小さな空き地のベンチに腰掛けて、〈輔弼連合〉に連絡を入れることにする。が、なかなか連絡がつかない。


(まあ、すんなり出られたらそっちの方がびっくりなんだけどさ)


 夜空を見上げると、一面の黒にぽつりぽつりと白い粒が散らばっていた。蒸し暑さを孕んだそよ風が頬を撫でていく。


『お疲れ様です。ツキクサ〈特別国政補佐官〉』


 ようやく応答した。


『ご連絡いただけたということは、任務が満了した、と解釈してお間違いないでしょうか』


 やや震えた声色であることを、ツキクサは聞き逃さなかった。


「はい、仰る通りです。本日を持ちまして、ルスティカーナでの任務を終了したことをお伝えさせていただきます」

『長役お疲れ様でした。つきましては次の任務の手配を――』

「その必要はありませんよ」

『え?』

「此度の任務を持ちまして、私は〈特別国政補佐官〉を退職させていただきます」


 相手は言葉を詰まらせた。


『……どうしてですか?』


 数瞬の沈黙を挟んで紡がれた二の句は動揺に震えていた。


「どうしてもなにも、命を狙われれば縁を切りたくなるのが当然だと思うのですが?」

『……いったいなにを仰られているのか、存じかねます』

「モモエを派遣して俺を殺そうとしたのはアンタらだな?」

『っ! で、ですから――』


 図星のようだ。


「感謝はしてるよ。アンタらのおかげで俺は健康で強靭な肉体を作ることができたし、ほかでは決して培えないような智慧を手に入れた。貯蓄も充分すぎるほどに潤った。贅沢しなりゃ、一生働かずに生きていけるような大金だと思う」

『で、では、いったいなににご不満を――』

「アンタらいったい、〈祝福の欠片〉を集めてなにをしようと企んでるんだ?」

『……』


 沈黙ほど如実に後ろめたさを物語るものはない。

 ため息をついてツキクサは言った。


「アンタらがなにをしようが、俺の知ったことじゃないよ。人類の平和の希求を目標に掲げるアンタらが成し遂げようとしてることだからきっと歴史に残る大業なんだろうし、それなら、代償が必要とされることもないだろうからさ」


 キノカが人の身を取り戻したという奇蹟。あれは、ツキクサとキノカの純朴なる想いが引き起こしたものではないかと仮説を立てている。


 自分のためではなく、誰かのために〈祝祭〉を望んだのならば、代償は必要とされないのではないだろうか。そう奇蹟に理屈をこじつけたが、実際のところはわからない。解明できなくても構わない。もう関わることはないのだから。


「けど、ひとつ忠告しておく」


 言ってしまえば、〈輔弼連合〉に連絡する必要はなかった。なぜなら彼らは、ツキクサはモモエの暗殺により命を落としたと認識しているからだ。


 モモエの報告を真に受けた彼らは、今頃動顛していることだろう。なぜ、ツキクサが生きているのか。モモエが偽りの情報を漏らしたというのか。


 彼らは少し学んだ方がいい。

 なんでも自分たちの思い通りにはいかないと。


「俺の仲間に少しでも手出したら容赦しねぇからな」

『……』

「今後二度と俺に干渉するな。それだけ守ってくれるなら、俺もアンタらになにもしない」

『……承知いたしました』

「それでいい」


 これで言いたいことはすべて言った。


 通話を切ろうと耳から通信機を離し、


「言い忘れたが、モモエ〈国政補佐官〉も本日付で退職だ。彼女にも一切干渉するな」


 最後にそう言い残し、ツキクサは通信機を切った。


「ふう。これで厄介ごとは片付いたかな」


 手のひらサイズの通信機をゴミ箱に投げ捨てて、ツキクサは目的地に走って向かう。足取りが軽いのは、退職による解放感と直近に迫った未来に対する高揚感からくるものだろう。


「やっべ、三十分も遅れてんじゃん。さすがにもうはじめちまってるかなぁ」


 時計台の示す時刻を見て、ツキクサは走るペースを上げた。


 もう〈特別国政補佐官〉の少年はいなかった。


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