第41話 五人目の仲間

 腰を上げると、足がふらつき転げそうになった。


「とと、大丈夫?」


 転ばずに済んだのは、キノカが支えてくれたからだ。


「ああ、大丈夫だよ。でもキノカ、そろそろ時間がまずいんじゃ――」

「今年の誕生日は諦めるしかなさそうだね」


 微笑んでキノカは言った。


「けど、後悔はないよ。こうして兄様の素敵なお友だちに出逢えたからね」


 キノカの見据える先には、いっしょに戦ってくれた仲間がいる。


 ツキクサとキノカだけでは、べガルアスを打ち負かすことはできなかった。


 モモエの不意打ちがなければ、ツキクサは命を落としていた。

 レンの援護射撃のおかげで、べガルアスに防戦を強いることができた。

 カリナがべガルアスの意表を突かなければ、活路を見出すことはできなかった。


 五人の内、誰かひとりでも欠けていたのなら、結果は真逆のものになっていただろう。


 ツキクサは、呆然とこちらを見つめる仲間に微笑みかけた。


「みんなありがとう」


 キノカがくすっと微笑を漏らした。


「僕らだけでは勝てない相手だった。みんな無事でよかったよ」

「いやいや、感謝より先に説明することがあるんじゃないですか?」


 モモエの注目はツキクサの隣、キノカに集まっており、それはレンとカリナも同様だった。

『万夏』が最後の一手であることは説明していたが、『万夏』の正体がキノカであることは打ち明けていない。


「こんにちはっ! ツキクサ兄様の妹のキノカですっ!」


 垂れ込める困惑の雲を跳ね除けるように、キノカは朗らかな声で言った。


「レンさんにカリナさんにモモエさん。お話はできなかったけど、わたしはずっと三人と過ごしてたよ。ず~っとお話したいなって思ってた。ようやく逢えたねっ!」


 キノカの満面の笑みを前に、しかし三人は依然として唖然とした面持ちのままでいる。


「……キノカちゃんさ、ほんとにツキの妹なの?」


 レンの問いかけが沈黙を破った。


「うん。そうだよ」


 キノカの返答にレンはしきりに瞬きを繰り返し、やがて呆然とつぶやいた。


「ぜんっぜん似てねぇのな」

「うん。思った」

「血は繋がってないけど兄妹とかいうシビアな関係なんじゃないですか?」


 三者一様の反応だった。


「正真正銘、血のつながった兄妹なんだけどね」


 モモエが言うような複雑な兄妹ではない。まるで似ていないのはツキクサも自覚しているが、それでも間違いなく兄妹なのだ。

 はははと、キノカは力なく苦笑している。


「やっぱりみんなそう思うよね。カッコいい兄様と凡庸なわたし。似ても似つかないもん」

「り、律儀すぎるっ! あの説教が特技の鬼畜なツキクサさんの妹とは到底思えません!」

「あの折は悪かったよ」


 どうやらモモエは根に持つタイプのようだ。


「え、じゃあなんだ、いつかオレとレンの頭ぶっ叩いたのってキノカなのか?」

「私はピンク髪呼ばわりなのに、キノカちゃんはもうキノカ呼びなんですかそうですか」

「……あー、えっと、その、あれは……」

「しかも私の埒外の話題。疎外感がすごいなぁ……」


 どうやらモモエはメンタルが弱いタイプのようだ。


「そう追及してやんなよリナ。察しろ。兄妹愛だ」

「っ!」


 レンが言った直後、キノカの顔がぽっと赤く染まった。


「はは、やっぱり兄妹だけあって反応がそっくりだな」

「僕がそんな過剰な反応したことあったか?」

「なにも表情変化だけが判断材料ってワケじゃねぇからな。瞳孔の動き。声色の変化。そういった些細な動きだって、注意深く観察すりゃあ充分に感情の機微を図る材料になり得る」

「レンさん、あなた何者ですか?」


 困惑顔でモモエが問いかける。


「ん、元暗殺者だが?」

「暗殺者!」


 飛び跳ねそうな勢いでモモエが驚きを示した。先ほど本人も言っていたが、やはりモモエだけ関わりが浅い故に、様々な話題で置いてけぼりになってしまう。


「そうだよモモちゃん。レンさんはすごいんだぁ」

「ん、今モモちゃんって言いました?」

「うん、言ったよ。嫌だった?」


 しょんぼり眉根を寄せて、キノカはしゅんと肩を竦めた。

 モモエはぶんぶんかぶりを振る。


「いやいやいやいやいや、大歓迎ですよっ!」

「どんだけ動揺してんだよピンク髪……さてはてめぇも友だちいなかったタチか?」


 カリナがジトっと生ぬるい目を向ける。


「う、うるさいです! 私だけじゃないです!〈国政補佐官〉は基本ぼっちなんです! ですよねツキクサさん?」

「まぁ、基本単独行動だからね」


 この十年、パートナーのような存在はいなかった。

 ……まぁ常にキノカがいたから、孤独というわけではなかったのだが。


「というわけです!」


 と、モモエが誇らしげに胸を逸らす。


「だからキノカちゃん、是非ともモモ姉さんと呼んで慕ってください!」


 どうやらモモエは承認欲求が強いタイプのようだ。


「うんっ! わかったよモモ姉さんっ!」

「あぁ、なんて可愛い妹なんでしょう……ツキクサさん、私に譲ってくれません?」

「死んでも譲らねぇよ」


 最愛の妹を託すのに、モモエではあまりに心許ない。

 もっともツキクサが認める相手など、金輪際現れることがないのかも知れないが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る