第36話 共闘

「貴様……自分がなにをしたのか理解しているのか?」


〈国政補佐官〉であるモモエにはわかっていたはずだ。


 べガルアスが次元の違う相手であると。歯向かえば死は免れないと。


「ええ、わかっていますよ」


 ――モモエの短剣が、べガルアスの腰部を貫いていた。


「忠僕を誓った殿方に狼藉を働いた。命を奪いかねない殺傷を見舞いました。〈国政補佐官〉にあるまじき愚行です。解雇処分は免れないんでしょうね」


 苦笑し、モモエは追い打ちをかけるようにもう一本、べガルアスの腰部に短剣を突き刺す。


「うぐッ……せっかく、命拾いしたというのに、愚かな、ことを……」


 不規則なべガルアスの呼吸は、図らずもモモエの攻撃が効いていることを示唆していた。


「こほこほっ!」


 咳き込みモモエは吐血する。べガルアスの〈エボルブ〉により、彼女には与えた苦痛がそのまま返されているはずだ。


「自分から……辞職連絡するのは、嫌なんですよ」


 息も絶え絶えだというのに、モモエは微笑んでいた。短剣を握る小さな手も、身体を支える肉付きのいい肢体も、悲鳴を上げるようにぷるぷる震えているというのに……。


 それでも、彼女は短剣から手を離さずに立ち続ける。


「だからですね、パイプ役であるツキクサさんに死んでもらうわけにはいかないんですよ」


 虚ろな瞳がツキクサを映した。


「……そういうことにしてくれませんか? 実際の理由はあまりにベタなので」


 ――ありがとう。


 力なく微笑み、モモエはそう感謝を口にした気がした。


 聞き取れなかったのは、モモエが苦悶の声を上げて沈み込んだからだ。


「少し侮りすぎたようだな」


 そう言うべガルアスの顔からは、余裕が見て取れた。


「は、はは……うそ、でしょ……いくらなんでも速すぎません?」


 両膝を床につけて右肩を押さえるモモエ。そこからはどくどくと鮮血が溢れ出している。べガルアスが肘打ちの要領で攻撃した際に、トンファーの先端がモモエの肩を貫いていた。


 身を翻してモモエを睥睨するべガルアスの顔は、どこか悲しげに見えた。


「夢半ばの少女の未来を絶つというのは気が進まんが……止むをえまい」


 腕を後ろに引き、攻撃の意思を示す。


「国の未来のためだ。すまんな」


 モモエが固く目をつぶった――直後パンっと乾いた音が轟いた。


「む」


 頬の隣で鱗粉めいた小さな粒が躍り、べガルアスは攻撃の手を止める。


「驚いたな。この期に及んで〈国政補佐官〉ですらない人間が首を突っ込んでこようとは」


 べガルアスの視線の先にはレンがいた。


「〈国政補佐官〉じゃないからって舐めてると、イタイ目見るぜ?」


 にっと勝ち気にレンは微笑んだ。

 レンの構える白光りする拳銃からは、もくもくと白煙が立ち込めていた。


「アンタは既に、俺の『檻』の術中だ」


 直後、「わわっ!」とモモエの声がした。見ればカリナがモモエを担ぎ、べガルアスから距離を取っている。


「ちょ、持ち方が雑ですっ! これじゃあパンツ見えちゃいますって!」

「んなこと言ってる場合かッ! 死にてぇのかピンク髪ッ!」


 毒が体内を巡り、腰部と肩が負傷しているとは思えないほど元気なモモエの声に、ツキクサはほっと胸を撫で下ろした。どうやら一命は取り留めているようだ。


「いつの間に……」


 呆然とつぶやくべガルアスの姿を見て、ツキクサはレンが「時間感覚を鈍磨させた」のだと悟った。


 それがレンの〈エボルブ〉だ。

 彼は、ができる。


 レンの助力がなければ、カリナがモモエを救出することはできなかっただろう。


「……」


 これで三人も部外者ではなくなった。ツキクサ同様、三人もべガルアスの野望を阻まんとする敵と見做されたことだろう。


「……ようやく活路を見出したぞ」


『万夏』に三人を護衛してもらう余裕など、もはやツキクサには残されていない。


 となれば、集団で戦うのが得策であると言えよう。個々では力が及ばずとも、集団になればべガルアスにも太刀打ちできるかもしれない。その策を、ツキクサはたった今閃いた。


 レンの銃撃のおかげで、今のべガルアスの空間認識力は鈍磨されている。簡単に距離を取り、三人の元に足を運ぶことができた。


「大丈夫かツキ。その場凌ぎにしかなんねぇけど、一応処置しておくぜ」


 言って、レンはツキクサに銃弾を放つ。

 痛みはない。むしろ引いていく感覚がある。

 痛覚が全身を巡る感覚を遅滞させたのだろう。


「なるほど。モモエが意識を保っていられるのはレンのおかげか」

「あぁ。てめぇとリナとモモエちゃんには、既に万一に備えて処置が施してある。三十分くらいしか効き目はねぇけどな」

「上出来だ」


 ツキクサの企てがうまくいけば、五分もあれば片をつけることができる。


「三人の手が借りたい。協力してくれるか」


 問わずとも返事はわかりきっていたが、それでも念のために確認しておく。


「はじめからそのつもりだ。てめぇの命、お前さんに預けるぜ」

「ていうかよ、ツキクサはいつもひとりで無茶しすぎなんだよ。もうちょっとオレたちのこと頼ってくれてもいいんじゃねぇの?」

「このボロボロの状態で戦えって、ツキクサさんもなかなか酷なこと言いますね。けどまぁ、私が加わることで勝率が少しでも上がるというのなら喜んで加勢します」

「ありがとうみんな」


 ツキクサひとりでは、決してべガルアスには勝てないだろう。


 けれど仲間となら――勝機はある。


 ツキクサは仲間に策を打ち明けた。

 大人数と作戦を共有することはあれど、共闘するのははじめてのことだった。


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