第34話 欠点
「リバルから汝が〈祝祭〉の略奪を企てていると聞いて、余は驚きと同時に喜びを覚えたよ」
あれから三か月。いつかこの瞬間が訪れることはわかっていたし、覚悟もしていた。
腰をやや低くするべガルアスの両腕には、両端に向かうに連れて先端が尖っていく角形の棒が添えられている。長さは四十センチほどか。光の反射具合を見るに、構成物質は金属であると見るのが妥当だろう。
一見すれば、一切の細工の施されていないトンファーだった。あれはフェイクで真の武器は別にあるのか、はたまた形状変化するのか、ツキクサには憶測することしかできない。というのも、これまでに一度としてべガルアスが戦闘している場面を見たことがなかったからだ。
「汝は人間味に欠けていたからな。まるで精密機械と対話しているかのような気分だったよ」
「当然だ。感情を殺せない人間は〈国政補佐官〉になれないからな」
同情心が同居していては、命を奪うことなどできない。〈国政補佐官〉である以上、国王の命令とあれば、一も二もなく殺戮に及ばなくてはならない。もっとも、あまりに不合理な命令である場合に限って異見する権利を認められているが。
「今一度問いたい。ツキクサ、余の野望に手を貸そうとは思わぬか」
「ああ。手を貸すつもりはないよ」
間髪置かずに返答する。
「あなたの選択のおかげで国が豊かになっているのは疑いようのないことだ。しかし、だからといって〈エボルバー〉を虐げることが許されるわけではない」
〈地下〉には〈エデンの塔〉で脱落した〈エボルバー〉が何人も囚われている。人権を無視した治験を幾日も受けている。
これを残虐非道な行為と言わずしてなんと言えよう。
「そんなものは理想論にすぎまいよ。発展に犠牲はつきものだ。都市開発のために森林を焼却する。交通の利便化のために空気を汚染する。何事にも良い面と悪い面が存在するものだ。善は悪という比較対象があってはじめて成立する。善は悪で、悪もまた善なのだよ」
統治者の提唱する社会理論には確かな重みがあった。が、だからといって肯定はできない。
「悲痛な叫びを礎に奏でられる歓喜の声が美しいと、あなたは本気で思っているのか?」
べガルアスはため息をついた。
「〈特別国政補佐官〉とはいえ、やはり十七歳の子どもだな。汝の義憤はもっともだし、立場が逆なら余も同じ行動を取っただろう」
「なら――」
「それでも余は余の正義を貫く。民の笑顔のためにな」
強い決意を宿した瞳を見てツキクサは確信する。
なにを言ったところで、この男の決意は変わらない。
傷つけ合うことでしか、互いの正義を証明することはできない。
「〈エボルバー〉を犠牲にルスティカーナの科学技術を進歩させ、世界の覇権を握り続け、余はルスティカーナを理想国家とする。〈祝福の日〉に多くの人間が息絶えていく中で、余は〈エボルブ〉と同時に〈祝祭〉を享けた。そして無限の命を手に入れた。その瞬間に悟ったのだよ。余はなんのために生まれたのか。それはきっと、息絶えるその瞬間までひとりでも多くの民に幸福を分け与えるためなのだと」
立派な国王だと思う。現に今も国民からの信望は厚く、街中を歩けば多くの民が感謝と憧憬のまなざしを向ける。
〈祝祭〉を享ける以前から、べガルアスは王だった。八十、九十、そんな老齢でありながらも、国民は彼を支持しつづけたようだ。
「故に余は汝の正義を否定する。余の計画を邪魔するものは何者であれ容赦せん」
そんな彼を〈エボルブ〉が狂わせた。常軌を逸した力が、彼に誤った選択をさせてしまった。
「脇の三人。余に歯向かわないというのであれば傷つけん。モモエ〈国政補佐官〉の失態も不問としよう。どうやら汝らは、ツキクサの友人であるようだからな」
たったひとつだ。
たったひとつの欠点だ。
けれどその欠点はあまりに大きく、あまりに多くの人間を傷つけた。
――ツキクサは『水鳴』の鞘を外した。
「どちらの正義が正しいか、白黒つけようじゃないか」
月の下で凪ぐ水面のような淡い輝きを放つ縹色の剣。
その剣身が人間相手に向けられたのははじめてのことだった。
「どうやら気持ちの整理がついたようだな。では――」
べガルアスはさらに体勢を低くし、力強く地面を蹴り上げツキクサに接近する。
三メートル近くあった両者の距離は、一度の瞬きののちに完全に詰められていた。
(速いッ!)
空気を切り裂き迫るトンファーを、剣の側面でかろうじて防ぐ。かすかに火花が散り、ぶつかった双方の武器が部屋を覆い尽くすほどの金属音を響かせた。どうやらトンファーが金属製であるという推測は間違っていなかったようだ。
「ほう、これを防ぐか。さすがは〈特別国政補佐官〉といったところかな。これまでの〈国政補佐官〉は初手で仕留められていたのだが」
「……なるほど。道理で命を落とすわけだ」
べガルアスに温情があってよかったなと思う。今の一手が三人の誰かに向けられていたのならば、間違いなく命を落としていただろう。
ツキクサの額から一筋の冷や汗が滑り落ちた。
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