第33話 出逢い
「遠路はるばるご苦労だったな。リバル、この者に椅子を用意してくれまいか」
「かしこまりました」
「いえ、私のことはお気になさらず。このままの体勢で問題ありませんので」
「そうはいかんよ。客人は丁重にもてなすのが礼儀であろう」
その日、ツキクサははじめてべガルアスと対面した。
〈特別国政補佐官〉となってから四つ目に配属された国――ルスティカーナ。
これまで何人かの国王と接してきたが、べガルアスほど国王に相応しい人材はいないとツキクサは第一印象だけで確信した。
堂に入った悠揚たる風体。玉席に腰掛けこちらを見つめる瞳は優しくも冷たく、柔和でありながら鋭利にも感じられる。
本物だった。
彼がこれまで出逢った王という権力の上であぐらを掻くお飾りだけの暴君と格が違うことは明白だった。
「どうぞお座りください」
「ありがとう」
リバルが用意した椅子に座し、べガルアスが口を開くのを待つ。
「路頭に迷った末、両親は子を捨てて逃亡」
書類に目を向けたまま、べガルアスは言った。
「以降両親は消息不明のまま、現在に至るまで音沙汰なし。それから妹とふたりで平穏な日々を過ごすも、〈祝福の日〉に妹は他界。かつての平穏な日々を取り戻すべく〈特別国政補佐官〉の責務を全うしている、か」
「仰る通りです」
べガルアスが読み上げたのは、ツキクサの現在に至るまでの経歴だ。
「ふむ。凄絶な半生よのう。これほどの不幸に見舞われているのだから、幸福を享受する人間を煩わしく思ったこともあるのだろう」
「はい。幾度となく思いました」
「素直だな」
正直者は嫌いじゃないよとつぶやき、べガルアスは書類を机に置く。
「余の保持する〈祝祭〉を奪い、宿望を遂げようとは思わないのかな」
頬杖をつき、本音を引っ張り出すように鋭い眼光をぶつけてくる。嘘をついたら承知しない。そう暗に警告するかのような視線に思えた。
「陛下は〈祝祭〉の加護を得てご存命されているとお聞きしています」
見つめ返したまま、緩やかに言葉を繋いで質問に応じる。
「私が私腹を肥やしたがために陛下がお亡くなりになられたとなれば、国民は目くじらを立てて私を非難することでしょう。いえ、非難どころか私の想像を凌駕する酷刑を国民は求めるに違いありません。そうなれば、私の希求する平穏な日々は近づくどころか遠のいてしまいます。ですので、いずれ宿望を遂げたいという気持ちはありますが、そのような形で達成しようとは思っておりません」
「なるほど」
べガルアスは頷いた。
「〈国政補佐官〉に十年従事した暁には〈輔弼連合〉が如何なる願いも叶える、という話を前任である〈国政補佐官〉が口にしていたのだが、汝はその制度を利用するつもりなのかな」
ルスティカーナに配属される〈国政補佐官〉はツキクサで五人目だと、〈輔弼連合〉からあらかじめ知らされている。
「左様でございます」
〈国政補佐官〉では手に負えない問題だから、〈特別国政補佐官〉であるツキクサにお鉢が回ってきたのだろう。〈特別国政補佐官〉は、得てして入り組んだ問題のある地域に派遣される。
「汝は十五歳から〈特別国政補佐官〉として活動しているようだが、〈輔弼連合〉に所属したのは七歳の折だと聞く。信じがたいが本当の話なのかな」
「はい。誠の話であります」
「なるほど。今年でちょうど節目というわけか」
言って話を締めくくると、べガルアスは腰を持ち上げ、あろうことか、自らの足でツキクサの元に歩きはじめた。ツキクサは慌てて立ち上がる。
「陛下、私が――」
「よい。汝は座っていなさい。王が民に歩み寄るのは当然のことだろう」
少なくとも、これまでのツキクサの任地にいた王にはそのような美学がなかった。
言われた通り椅子に座り直すと、べガルアスは程よく筋肉のついた細腕を伸ばしてくる。
「余はべガルアス。ルスティカーナ王国国王である」
「……」
握手を求めているのだろうか。一国の首領ともあろう偉大な人間が。
「王とて人間だ。根源は民となんら変わらん。遠慮せず余の手を握り締めろ。汝と同じ体温を宿していることを感じられるはずだ」
そう言われて逡巡するのは反って非礼であろう。
無骨な手のひらを握り締めると、固い感触が返ってきた。確かな温もりがあった。べガルアスは微笑んでいた。
「〈輔弼連合〉所属、〈特別国政補佐官〉ツキクサと申します。以後ルスティカーナを拠点とし、しばしの間活動していく所存です。不束者ですが、何卒よろしくお願い申し上げます」
「そう畏まらなくてよいのに」
王という地位に就く人間が易々と漏らすのは憚られそうな柔和な微笑み。
「……」
この男が悪事を働いているというのはなにかの間違いではないかと、ツキクサは思った。
〈輔弼連合〉がツキクサに課した使命は、べガルアスの〈祝祭〉の奪取並びに後処理だった。
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