第28話 再会

「オレたちなんもしてねぇんだけど」


 昏倒した参加者を部屋の端に運び、そっと横たえながらカリナが言った。割れ物を扱うような丁寧な所作からも、彼女の優しさが滲み出ている。


「そんなことないよ。現にふたりは後処理を手伝ってくれているじゃないか」

「さてはお前、端からオレたちを雑用以外で使う気なかったな?」

「大切な友だちに汚れ仕事は押しつけられないよ」


 峰打ちで沈めた参加者一同の移動が完了したところで、胸ポケットから連絡機を取り出して参加者を〈地下〉に移動させるよう運営に指示を出す。ふたつ返事で承諾される。

 部屋の隅に並ぶ参加者が発光を放ちはじめた。参加者は〈転移装置〉でしか移動できないが、運営はいつどこにいる参加者でも意のままに移動させることができる。


「俺たちは気絶させなくていいのか」


 首をこきこき鳴らしながらレンが尋ねてくる。


 一時はレンが〈国政補佐官〉なのではないかと勘繰っていたが、どうやらツキクサの杞憂に終わったようだ。やや早計かもしれないが、ツキクサにはレンが敵であるとは思えない。


「問題ないよ。事情を説明すれば、べガルアスは話を汲んでくれる。あの人は寛容だからね」

「なのに謀反を起こすってこたぁ、裏で相当ヤベェことでもやってんのか?」

「そんなところだ」


 話を切り上げて、べガルアスに最終試練が終わった旨を伝えるために連絡を入れる。

 ポリシーなのか、彼は毎度試練が終わる度に直々に足を運んでツキクサを労ってくれる。例に漏れず、今回も足を運んでくれることだろう。


 ――その瞬間がはじまりだ。準備は既に整っている。


「ん、なぁふたりとも」

「おいリナ、今ツキは取り込み中だからどうでもいい話は後にしろ」

「勝手にどうでもいいって決めつけんなよ。わりかし重要な話だから聞いてんだよ」


 常に懐に通信機を忍ばせているはずなのだが、べガルアスが応答する気配はまるでない。


「最終試練に勝ち進んだヤツって、確か十七人いるんだよな」

「それがどうした」

「いやさ、今数えたらツキクサが倒したヤツが十三人しかいねぇんだよ」


 ようやくべガルアスが連絡に応じた。


「陛下、ご連絡申し上げます。ただいま――」


『汝はもう、ルスティカーナの〈特別国政補佐官〉ではあるまいよ』


「え?」


 腑抜けた声を漏らした直後、背後からカンっと金属質のなにかを弾き返す音がした。ほどなくして腰に違和感を覚えて視線を下ろせば、『万夏』の姿がない。


「――厄介な〈エボルブ〉です」


 暗がりからどこか聞き覚えのある女の声がした。女性と言うよりも少女に近しい声色。


 この展開は予想していなかった。連絡機をしまい、『水鳴』を正眼に構えてツキクサは叫ぶ。


「敵がいるッ! ふたりとも気を抜くなッ!」

「――あぁ、やっぱり仲間なんだ」


 その声は真後ろから聞こえた。より正確に言えば、背面やや右。両手で持つ『水鳴』を右手だけで握り締めた刹那、鞘の先端を右手で掴み、柄頭を後方に向けて勢いよく突き放つ。


 空を切っただけだった。


「――ならいろいろと利用できそうですね」


 その声は正面から聞こえた。


(どうなってる?)


 この一瞬で、背後から前方に移動したというのだろうか。しかし、ツキクサが確認した限り、高速移動を可能とする〈エボルブ〉を宿す参加者はいなかった。とすれば、試練とは無関係の第三者が奇襲を仕掛けているというのか。


(……いや、いたなひとり)


 万物を倍増する〈エボルブ〉を宿していた。


 その〈エボルブ〉が使われた場面を、ツキクサは目にしている。


『いちいち取りに行くの面倒じゃないですか』


 そう言って、彼女はプレートに盛られたスイーツを倍増していた。


 平和的な力の使い方だと思った。あまりに軽率だと思った。


 だから警戒していなかった。身なりからしてそうだ。


 しかしそれは相手を油断させるための、韜晦にすぎなかったのだろう。


「『万夏』! 僕はいい! レンとカリナを頼んだ!」

「――〈特別国政補佐官〉なのに、まだそのような温情をお持ちなんですね」


 正面の暗がりから声が聞こえた。――が、これは意識を惹くための誘導なのだろう。本命は別にいる。


 意識を凝らす。


 ……かすかに気配を感じた。


 身を翻し、ツキクサは横水平に剣を振り放った。


「わ、すご」


 かすかな驚愕を露わにするウェイトレス姿の少女は、ツキクサの渾身のカウンターをすんでのところで躱していた。僅かに擦り切れた服の布地が、ひらひらと地面に舞い落ちる。


「安心したよ。姿が見えないものだから、脱落したんじゃないかと心配してたんだ」

「優しいんですね、おにーさんは」


 にこりと相好を崩すと、少女は自身の衣装を荒々しく掴み引き裂いた。


「ですがその優しさは、果たして〈特別国政補佐官〉に必要とされるものなのでしょうか」


 かくしてウェイトレス衣装の下に隠されていた、糊の効いた亜麻色の制服が姿を見せる。右肩に縫われた刺繍が意味することは、〈輔弼連合〉に所属する人間しか知らない。


 ツキクサの制服に縫われた薔薇の刺繍が意味するのは、その人物が〈特別国政補佐官〉であるということ。


 そして少女の制服に縫われた桜の刺繍が意味するのは――


「〈国政補佐官〉モモエ。べガルアス陛下の命に従い、〈特別国政補佐官〉ツキクサの抹殺処分に着手します」


 その人物が〈国政補佐官〉であるということ――だ。


 ツキクサに短剣を突き立てて、モモエはこれまでの柔和な印象とはほど遠い、冷め切った瞳を向けてくる。機械めいたその瞳から、おおよそ意思と呼べるものは感じられない。


「まさか本当に〈国政補佐官〉が混じっていたとはな」


 空気を切り裂く音がかすかに聞こえる。暗器の類だろうか。背後から頭部に迫りくる見えない凶器を鞘で弾き飛ばし、ツキクサは鞘をつけたままの剣をモモエに突き立てる。


「〈国政補佐官〉の君にその任務は、少々荷が重いんじゃないかな」

「どうでしょう。やってみないと結果はわかりませんよ」


 聞き終わるが早いか、ツキクサはモモエの首筋めがけて剣を薙ぎ払う。


「っと。危ない危ない」


 そう言うモモエには傷ひとつついていない。強いて言うなれば、剣に絡みついた風が彼女の前髪を少し揺らした程度か。


 モモエは僅かに後ずさり、ツキクサの攻撃を回避していた。回避できたということは、剣筋が見えているということ。


「さすがは〈国政補佐官〉と言ったところか」


 追撃しようと腰を下ろしたツキクサの元に、またも背後から暗器らしきものが投擲された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る