第27話 最終試練
目を開くと、薄暗い部屋の中にいた。床下照明の仄かな橙色のおかげで、かろうじて近くにいるほかの参加者の顔が見える。タイル張りの硬い床の感触は、第一試練で味わったものだ。
「おい見ろ!」
どこかで声が上がった。声に振り返れば、ひとりの男が頭上を指差していた。指先が示す先を追いかけると、そこにはきらきらと極彩色を放つ立体ひし形の結晶があった。
(毎度、性質の悪いことをする)
〈祝福の欠片〉だ。〈祝祭〉を享けるには、あの欠片を手に入れなくてはならない。もっとも今の所有者はべガルアスなので、彼が絶命しない限り、〈祝福の欠片〉を手に入れても〈祝祭〉を享けることはできないのだが。
「いよいよって感じだな」「お母さん、待っててね」「誰にも〈祝祭〉は譲らねぇ」
〈祝祭〉を享けるために〈祝福の欠片〉が必要であることは、参加者の誰もが認知していることだ。報酬が目に見えて場の熱量が沸々と滾っていく中、透き通った声が響き渡った。
「それではこれより最終試練を開始します」
運営からの短いアナウンスが入ると、しんと静謐が十秒ほど場を満たした。続く補足説明はなかった。運営らしき姿も確認できない。
「で、誰が〈国政補佐官〉なんだよ?」
参加者の誰もが思っているであろう疑問を誰かが口にした。
「どうする。正体が割れてない今の内に奇襲を仕掛けるか?」
隣にいるレンがボソッと漏らす。
幸いにもレンとカリナはツキクサのすぐ側にいた。
「やるならやるで構わないぜ。どのみち戦いは避けられねぇんだからさ。……仕方ないんだ」
自分に言い聞かせるようにカリナは言った。戦斧を握る手は震えていた。
「その必要はないよ」
『水鳴』を腰だまりから引き抜きながらツキクサは言った。
「この程度なら僕ひとりで充分殲滅できる。リスクを負ってまで奇襲を仕掛ける必要はない」
「ツキが言うとすごい説得力があるな。了解。その時が来たら指示を飛ばしてくれ」
〈国政補佐官〉とかなり抽象的な言い回しがされているため、開始早々戦いの火蓋が切られることはなかった。皆、猜疑心を募らせ、疑惑の瞳を炯々と光らせている。
「ん」
やがてひとりの男の注意がツキクサに向いた。
「お前なんじゃねぇか?」
その瞬間は必ず訪れると思っていた。
〈国政補佐官〉が秀逸なる〈エボルバー〉であることは誰もが知ること。
恐らくは、誰よりもインパクトのある勝利を収めたであろうツキクサが嫌疑にかけられるのは時間の問題と言えた。
「なにか証拠でもあるのかい」
白を切って、レンとカリナに目を配る。こうなった以上、戦火が交えられる未来はすぐそこに迫っている。昨日カリナが言っていたように、〈国政補佐官〉がもうひとり忍び込んでいるという可能性に淡い期待を寄せていたのだが、どうやらそううまく世界は回っていないようだ。
「昨日の戦いっぷりがなによりの証拠だろ。みんなもそう思うよな?」
男が首を巡らせて共感を求めた直後、しゅんっと白い光が男の首を掠めた。無音の一閃だった。剣筋は誰の目にも止まらず、苦悶の声が上がることもなく、しかし意識を失う男を見て、誰もが嫌でも理解させられた。
「そうだとも。僕が〈特別国政補佐官〉だ」
気絶した男を引き寄せるツキクサの瞳には、底知れぬ戦意を感じさせる輝きが宿っていた。
琥珀色の瞳の上で揺らぐ青白い炎。
小さく、儚く、しかし洗練されたが故にそう見えているだけで、その冷徹さの内側に秘められた強い覚悟を、誰もが本能的に理解していた。
「ひっ……」
誰もが畏怖していた。腰を抜かし、手に持った武器を落とし、中には失禁する者もいた。
果たしてどれだけの参加者が、この状況で戦う意志を持っているのか。
「できるだけ苦しめたくないんだ。抵抗しないでくれると助かる」
それでもやらなくてはならない。
〈国政補佐官〉の討伐が最終試練のクリア条件である以上、〈特別国政補佐官〉であるツキクサのクリア条件は、参加者全員を討伐することなのだから……。
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