第26話 反逆

「昨夜、叶えたい願いがあるって言ってたが、ありゃ建前的なモンか?」


 最終試練開始五分前。

 レンがそんな話題を振りかけてくる。


「どうしてそう思うんだ」

「はじめから妙だとは思ってたんだ。〈エデンの塔〉はこれまで何回も催されてるってのに、頂上に到達して願いを叶えたヤツはひとりもいない。けど、最終試練の内容を聞いて納得したよ。あぁなるほど、運営の遣いが到達を阻んでるんだってな。ツキに課せられた使命は大方そんなところなんじゃないか?」


 思考を巡らせていない時間がないのではないかと疑ってしまうほどに、レンはあらゆる物事を思慮深く観察している。まるですべて知っていながら推理立てたような物言いをしているのではないかと思ってしまうほどに……。


「さてはレンが〈国政補佐官〉だったりしてな」

「まさか。元暗殺者の俺にそんな大役が務まるはずがねぇよ」


〈輔弼連合〉は素質さえあれば過去の経歴など気にしないと思うので、今の否定材料では決定打にかける。


「……」

「どうした。そんな見つめて」

「いや」


 そんなはずないかとかぶりを振り、レンの推察に返答する。


「その通りだよ。僕は〈特別国政補佐官〉として、〈エデンの塔〉の攻略を妨害してきた」

「うっはー。そりゃ攻略できねぇのも納得だわ」


 カリナが感嘆と諦観の入り混じったようなため息をついた。


「けど、ツキは〈祝祭〉を享けていないワケだろ? 俺思ったんだけどさ、この〈エデンの塔〉ってのは、端から誰にも〈祝祭〉の権利を譲渡するつもりがねぇんじゃねぇのか?」

「……」


〈エデンの塔〉を執り行う真の目的。

 それは――治験サンプルとする〈エボルバー〉を確保することにある。


 黙秘しろとは言われていない。明かしてもいい。

 しかし明かすのは躊躇われた。


「ん。なんだ?」


 レンはすんなり許容するだろうが、この裏事情はカリナに明かすにはやや酷である気がした。

 昨日の試練で、関わりのほとんどない参加者をあそこまで憂えていたカリナだ。何人もの〈エボルバー〉が苦痛の渦中にあると知ったらどうなるだろう。最終試練に影響を及ぼすことは、想像に難くない。


「……その通りだよ。〈祝祭〉を既にべガルアスが享けていることはみんな知っているだろう。それですべてだ。〈祝祭〉の元となる〈祝福の欠片〉は、この国にひとつしか存在しない。仮に僕が最終試練で足止めに失敗したら、その時はべガルアスが直々に抹殺しにくるだろう」

「とんだ茶番だな」


 レンは苦笑する。

 どうやら今の説明だけで納得してくれたようだ。


「だとしたら、ツキクサの願いはいつまで経っても叶わねぇじゃん」


 カリナが言った。


「国王の〈祝祭〉を護衛するのが使命っつーなら、その使命を放棄して反旗でも翻さねぇ限り、ツキクサが〈祝祭〉を享けることはできねぇじゃん。それともあの願いは嘘っぱちなのか?」


 昨晩、ふたりに打ち明けた。

 ツキクサは、かつての日常を取り戻したくて戦っているのだと。


「いいや。正真正銘、あれは僕の叶えたいと思っている願いだよ」


 その言葉に偽りはない。

 それは間違いなく、ツキクサの原動力となっているものだ。


「だから僕は雌伏し続けたんだ。忠実な下部という認識を確固たるものにするためにね」


 ツキクサは不敵に微笑んだ。

 カリナは首を傾げ、レンはくくっと含み笑いを漏らした。


「友だちが国家反逆を起こそうとしてるのに止めないのか」

「ツキじゃなかったら止めてるさ。お前さんがそうするってこたぁ相応の理由があんだろ? とすれば、背を押すのが友人としての務めだと思うんだがどうよ?」

「どうよと言われてもね」


 苦笑するしかない。


 ただ、確かなことがひとつだけあった。

 この瞬間、ツキクサはレンと出逢えてよかったと心の底から思っていた。


「つまりどういうことだよ?」


 カリナが疑問を漏らす。


「どうやら俺たちは、歴史的瞬間を見ることになるみたいだ」

「歴史的瞬間?」


 カリナがオウム返しした直後、「まもなく最終試練を開始します」という運営からのアナウンスが入った。ほどなくして部屋の入口に〈転移装置〉が出現する。


 ツキクサは腰を持ち上げて足を進め、転移直前に振り返って言った。


「この腐った俗事に終止符を打つ。手を貸してくれ」


 レンは「おう!」と力強く頷き、カリナはぱちぱちと瞬きしながらも「ツキクサの頼みなら断らねぇぜ!」と、胸の前でぐっと両こぶしを握り締めた。


「ありがとう。ふたりに出逢えてほんとうによかった」


 最終試練をクリアし、べガルアスから〈祝祭〉を奪い、キノカを救ったのちに、〈地下〉に捕縛された〈エボルバー〉を解放する。


 すべてをひとりで行うのはさすがに骨が折れそうなので、協力してくれる仲間がいてくれることはツキクサにとって予期せぬ僥倖だった。


 もうすぐすべてが終わる。


「キノカ……」


 十年願いつづけたその瞬間が、すぐ手の届く場所にまで近づいている。


 眩い光が全身を包み込んでいく……。


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