第25話 明日からは
芳しい香りに鼻腔をくすぐられて目を覚ました。
「おっ、やっと起きたなツキクサ。朝飯用意しといたぜ!」
カリナの前には、大皿が何枚も並んでいた。いくらか空き皿があるが、ほとんどの皿には煌びやかな料理が盛りつけられている。昨日同様、タブレット端末が用意されていたので、それを操作して用意したものだろう。
「おはようキノカ」
「ん、なんか言ったか?」
「なんでもない。いつものルーチンだ」
ぐっと背中を伸ばし、ベッドから下りる。
「朝食の前に軽くシャワーを浴びたいんだけどいいかな」
唇の周りに付着したソースを舌先で舐め取り、カリナは呆れたように肩を竦める。
「朝起きてまずシャワーとか貴族かよ。……いや間違ってねぇのか? 〈特別国政補佐官〉ってアレだよな、確か国で二番目に権力を持つって……」
「今後働かなくても裕福な暮らしができるくらいには貯蓄があるよ」
〈特別国政補佐官〉は世界に十人しかいないため、かなりの好待遇である。
もっとも、常に〈輔弼連合〉の監視下に置くため、という目論見もあっての計らいなのだろうが。
「はぁ~そいつはすげぇや……オレも〈国政補佐官〉目指そっかな」
「カリナには無理かな」
「希望の欠片すらも垣間見せねぇのな」
ジトっとご不満な瞳を向けてくるが、変に期待させるわけにもいかないので仕方ない。
〈国政補佐官〉には、感情を殺して命令に恭順に従う機構的な態度が求められるので、感情がそのまま態度となるカリナでは〈国政補佐官〉になれないだろう。
それに、カリナは素の姿が魅力的なのだから、その長所をこんなくだらないことのために潰さないでほしい。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、レンが目覚めていた。ほくほく顔で大皿料理を頬張るカリナの隣で、寝惚け眼を擦りながら黙々と箸を進めている。
「おはようレン。調子はどうだい」
「眠い」
ツキクサも朝に弱い性質だが、それ以上にレンは朝に弱いと、昨日いっしょに過ごしたから知っている。髪はボサボサで、目はしょぼしょぼで、服は乱れていて。それでも食事の手が緩まないのは、生存欲求に起因するものか。
「な~に寝ぼけたこと言ってやがる。もう八時だ。農家の朝は四時からだぜ」
「すごいな。深夜に寝たのにそんな早くに起きたのか」
ツキクサも椅子に腰かけ、バゲットを頬張る。
「いんや、今日はさすがに六時起きだよ。四時間も寝られれば充分だろ」
「俺は農家じゃねぇんだ。四時間じゃ全然寝足りねぇし、遅寝遅起きが定着してんだよ」
「そいつは残念、早死にしちまうなぁ~。それが嫌なら、常日頃から早寝早起きするこった」
フォークの先を突き立ててカリナが窘めるが、レンはまるで気にしていない様子だ。
「ちょうどいいじゃねぇか。サユと早く逢えるし」
シャキッと、レンがレタスを噛み締める小気味いい音が静まり返った部屋に広がった。ツキクサとカリナが返答に窮してしまったからだ。
「……あ、悪い。デリカシーがなかったな。ふあ~、どうも朝は頭が回んなくてなぁー」
両眼を線にしたまま、レンはぱくぱくと料理を平らげていく。
「頭が回らない状態でよくそんなに食べられるな」
レンといい、カリナといい、すごい食べっぷりだ。ツキクサが一目見ただけで胃もたれしてしまった豪勢な朝食のほとんどは、既にふたりの胃袋の中に収まっていた。
「っし、そろそろ締めのパンケーキといきますかぁ」
「俺の分のドルチェもよろしく」
「了解っと。ツキクサはなんにする?」
「僕はコーヒーだけで充分かな」
味気ない朝食で済ませるのは今日までだろう。
明日の朝食はどうしようか。
近い未来に思いを馳せて、ツキクサは頬を和らげた。
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