第23話 譲れないもの

 転移先は見慣れた個室だった。第一試練終了後に使用した部屋とよく似た構造をしている。

 が、部屋を出てまもなくこの部屋は先日使用した部屋とは別の部屋だと理解する。


「驚いたな。まさかこんな近くにいるとは」


 ちょうど部屋から出てきたレンと鉢合わせた。前回向かいの部屋にいた人物はよく覚えていないが、少なくともレンでなかったことは確かだ。


 隣の部屋の扉が開いた。カリナだった。


「なんだ、実質同室みてぇな距離にいるじゃねぇか。……で、誰の部屋に集まるんだ?」


 それから三人はレンの部屋に集まり、食事をしたり、他愛のない話をしたり、そんななんでもない時間を過ごしながら、第三試練が終了するのを待った。楽しい時間だった。


「ただいまをもって、すべての試合が終了いたしました」


 部屋の上部にあるスピーカーから流れる音声に、三人は口を結んで耳を傾ける。


「最終試練出場者は、計十七名となります」


 それくらいに絞られるだろうなとは思っていた。その中、あるいは脱落したが〈地下〉行きになった参加者の中に、モモエが含まれていることを祈るばかりだ。


「明日の最終試練の内容は――参加者の中に紛れた〈国政補佐官〉の討伐です」

「っ」


 息を呑んだ。


「〈国政補佐官〉……ってあれだよな、なんかすげぇヤツしかなれないっつー」

「まぁそんな認識で間違ってねぇな。しっかし、そんなすげぇヤツが混じってるとかおっかねぇことするなぁ運営さんも。……すげぇヤツ?」

「見事討伐された方に、〈祝祭〉の権利を譲渡いたします。最終試練は、明日の午前十一時より行わせていただきます。また、今試練につきましては、試練開始前に辞退用の〈転移装置〉を用意いたしませんので、ご了承のほどよろしくお願いいたします」


 ツキクサは顔をしかめた。

 これでは第三試練でのパフォーマンスが水の泡だ。


「重ねて注意事項となってしまい申し訳ありませんが、試練時間外での暴力行為は一切禁止とさせていただきます。発覚次第、最終試練参加権利剥奪の処置を取らせていただきますので、くれぐれも粗相のないようお願いいたします。……それでは皆様、明日の試練に備えて英気を養ってください。運営からの連絡は以上です」


 アナウンスが終わり、部屋に静謐が沈殿する。


「なぁツキ」


 しかしそれは、刹那の出来事。レンの問いかけで、沈黙はすぐに攪拌される。


「そうだよ」


 レンがなにを問いたいかは聞かずとわかる。ツキクサも嘘をつくつもりはない。


「僕は――〈特別国政補佐官〉だ」


 言った直後、レンとカリナの顔が目に見えて凍りついた。


 まったくべガルアスはなにを考えているのか。そう不満を募らせたところで、ツキクサに抗弁する権利が生まれることはない。

〈特別国政補佐官〉であるツキクサには、国王への助言や助力は認められているが、異見することは認められていない。あくまで国政を補佐するが故に〈国政補佐官〉という肩書きがつけられているのだ。


「つ、つまりなんだ」


 あたふた身振り手振りを交えながらカリナが口を開く。


「願いを叶えるためには、ツキクサをぶっ倒さなきゃなんねぇってのか?」

「そうなるな」


 一対十六の戦いになるかもしれない。今日の試練で腕慣らししておいて正解だった。


「いや、できるわけねぇだろそんなこと。友だちを傷つけられるかよ」

「そう思っているのなら、明日は無駄な抵抗をしないでほしい」


 視線の矛先をレンに変える。


「レンも同じだ。僕はふたりを傷つけたくない」

「いいや、俺は諦めねぇぜ」


 逡巡はなかった。


「サユを生き返らせるために、てめぇの命を賭けるって決めてんだ。ツキが相手だろうが、この願いだけは諦めるわけにはいかねぇ」


 ツキクサを射抜く瞳は、断固たる決意に満ちている。敵愾心に燃えている。


「レン……」


 戦いは避けられないと悟って胸が痛んでしまうほどに、レンとの絆は育まれていた。はじめて『友だち』と呼べる相手と巡り合えた気がした。


 けれど――


「おいおいなんだよ、柄にもなく泣きそうな顔しやがって。……ツキ、俺たちは仲間だが、いずれは〈祝祭〉を巡って殺し合う宿命にあったんだ。……まぁお前さんがターゲットの〈国政補佐官〉じゃなくて、俺とツキとリナの三人で共闘できたらよかったなぁとは思うけどよ」


 弱々しく叶わぬ理想を紡ぎ出し、視線を床に落とす。


「……けど、嘆いたってどうにもなんねぇ」


 しかし顔を上げればその弱さは霧散し、なんとしてでも悲願を遂げようとする覚悟の顔つきになる。


「前に話したが、俺は元暗殺者だ。お前のその命、本気で掠め取りにいくから覚悟しろ」


 こうなったらツキクサも覚悟を決めるしかない。

 ツキクサにだって、レンと同じように救いたい大切な人がいるのだ。そのために、〈特別国政補佐官〉という国家の犬を演じてきた。まもなく集大成だというのに、こんなところでうかうかと死んではいられない。


「僕に挑んだことを後悔するなよ」

「ご忠告どうも、〈特別国政補佐官〉さん」


 これまでの信頼関係はなんだったのか、と言いたくなるほどにふたりは激しく睨み合う。


「お、落ち着けってふたりとも! 試練は明日からだろ? それまでは仲良くやろうぜ? な? っていうかよぉ、倒すのは〈国政補佐官〉ってヤツで――」

「カリナはどうするんだ?」


 なんとか仲裁を試みようとする心優しい明日の敵に問いかける。


「オレ? オレはツキクサとは戦わないよ。友だちを傷つけてまで叶えたい願いじゃないし。面倒だけど、地道に自分の手で村を復興させていくよ。遠回りも嫌いじゃねぇからさ」


 にっと無邪気に歯を光らせる。

 この期に及んでも、カリナはカリナのままだった。


 ツキクサは確信する。――自分はこの子に剣を振るえない。


「そんな甘い姿勢でやり過ごせる世界じゃねぇよこの先は」


 カリナを突き放すような、ひどく冷たい声色でレンは言った。


「じゃあなんだ、リナは明日の試練でツキの護衛でもすんのか」

「あたりまえだろ。友だちなんだから」


 臆さずカリナは言い返した。いつもの強気なカリナだった。


「お前、自分がなに言ってんのかわかってんのか? ツキは敵なんだぞ?」

「誰もそうは言ってねぇじゃねぇか。〈国政補佐官〉ってヤツがターゲットなんだろ? ツキクサは自分が〈特別国政補佐官〉だっつってた。そうだよな?」


 視線で問うてくるカリナに、頷きを返す。


 確かにその通りだ。ただの簡略化という可能性が高いが、あるいは……。


「つまりなにが言いてぇかっつーとさ、ほかにいるんじゃねぇかって思うんだ。〈国政補佐官〉ってヤツがさ」


 絶対にないとは言い切れない可能性だった。それに、べガルアスからツキクサになにも連絡が入っていない。ツキクサに一参加者としてではなく、〈特別国政補佐官〉として立ち回ってもらいたいときは、あらかじめべガルアスから指示が届くのだ。

 単に連絡が遅れているだけかもしれないが、用意周到なべガルアスが未だに連絡してこないというのはやや妙である。


「そう言い切れる根拠は?」


 依然、レンは猜疑心を募らせたままだ。


「え?」

「それはリナがそうあってほしいっていう願望だろ。ツキは〈特別国政補佐官〉。〈国政補佐官〉の中でも上位の存在ではあるが、〈国政補佐官〉であることには違いない。間違ったこと言ってるか?」


 至極もっともで論理だったレンの反駁を、しかしカリナはため息ひとつで一蹴する。こめかみを抑えてゆるゆるかぶりを振りながら言った。


「はぁ。……レン、お前ちょっと頭冷やした方が――」

「あぁ、レンの言うことは正しいよ」


 カリナの茶々を遮って言った。


 ツキクサが敵になっても、ふたりは仲間だ。くだらない理由で仲違いしないでほしい。


「じゃあ、僕は退席させてもらうよ。短い間だったけどありがとう。楽しかったよ」


 いつ以来だろう。繕ったものではない、心からの微笑みを浮かべることができた。

「……あぁ、ありがとな」

「何言ってんだよツキクサ。オレたちは友だちじゃねぇか。オレたちは三人でひとつの――」


 カリナが言葉を紡ぎ終えるより早く部屋を後にした。


「……後悔なんてないさ。僕にとってなにより大切なのはキノカだからね」


 キノカか友だちか。どちらを選ぶのかと迫られてキノカを選んだと思えば、なんてことはない当然の選択だ。

 迷うはずなんてない。後悔なんてするはずがない。


 なぜならツキクサにとってはキノカがすべてで。


 ほかはすべてどうでもよくて。


 そうやって長年過ごしてきて……。


「あぁ、くっそ」


 そう自分に言い聞かせてきた。そうしないと、〈特別国政補佐官〉という鍍金が剥がれてしまいそうだったから。


「友だち、か。……キノカも欲しかったよな。俺だって欲しかったんだから」


 ベッドに仰向けになり、ツキクサは弱さを吐き出す。雑念を吐き出す。


 すべては明日のために。キノカを救うための最終プロセスを踏みしめるために。


 明日で〈特別国政補佐官〉として過ごす日々も終わりを迎える。


 そう思うと、胸がすっと軽くなった。


「慌てるなよキノカ。もうすぐコンソメスープ煮上がるからさ。……野菜を入れる……のは、それから…………だから」


 ツキクサの意識は、瞬く間にいつかの思い出の中へと吸い寄せられていった。


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