第21話 第三試練

「てめぇ舐めてんのか」


 開始早々、憤怒の形相でラルクスが言った。

 正面で槍を構えてやや腰を下ろした彼は、いつでも戦闘に移れるといった風だ。


「侮ってはいないよ。ただ、一対三でちょうど釣り合いが取れそうだなと思ってね」


 相対するツキクサは、檜皮色の鞘がついたままの剣を半身に構えて微笑を湛えている。もう一本の剣は腰に携えたままだ。現状では使うに値しないと判断してのことだった。


「こいつ……」


 ラルクスの放つ怒気が一段と凄みを増す。


 観客がどよめていた。それもそのはずで、これまでにひとりで三人に挑んだ人物はいない。


『僕がひとりで相手を殲滅する。だからふたりは背後で待機していてくれないか』


 そうツキクサが提案を持ち掛けて今に至る。


 遥か後方でツキクサを見守るふたり。

 なにも戦力外だから待機を命じたわけではない。ふたりには傷つけてほしくなかったし、傷ついてほしくなかったから、待機を命じたのだ。

 もうひとつ、ひとりで戦いたい理由があったが、あくまでそれは二の次だ。


 カリナは言わずもがな、レンもできれば戦闘を避けたいと思っているだろう。昨夜、レンは言っていた。愛する少女が殺さないでと泣いていた、と。それは今でも尾を引いているはずだ。


 だからツキクサはひとりで戦うことを選んだ。


 抵抗なく戦闘に身を投じることができるのは自分だけだったし、こんな〈国政補佐官〉でもない〈エボルバー〉相手なら、どれだけ群れたところで相手にならないからだ。


 勝利を確信しているからひとりでの戦闘を望んだが、傍から見れば、ツキクサはさぞ滑稽に見えていることだろう。

 当然だ。大多数の観客にしてみれば、ツキクサは実力を知らない誰かさんでしかないのだから。

 一方のラルクスは、相当な手練れとして某所に勇名を轟かせているようだ。観客がツキクサに向ける憐憫を含んだまなざしが、彼の知名度と腕前を物語っていた。


「腕慣らしには悪くない相手だな」


 明日からは最終試練。ウォーミングアップにはちょうどいい。


「正気ですか」


 そう淡白に問いかけてくるのは、凛冽たる雰囲気を揺蕩わせる弓筒を背負った少女だ。ツキクサが唯一警戒している相手でもある。


「あぁ、正気だよ。それより君、弓使いなのにこんな近くにいていいのかい?」


 恐怖を刺激する声色を選んだ。すっと目を細めると、少女はぶるりと背筋に冷水でも流されたかのように身体を縮こまらせた。

 大したことないなと、ツキクサは表情には出さず安堵した。


「後悔しても知りませんから」


 そう吐き捨てて、少女は後方に走っていく。遮蔽物のない弓兵はさほど脅威にならないので、優先順位は低い。屈服させるのは最後で問題ないだろう。


「お前、知らないのか。ラルクスは百発満中の異名をもつ衛兵だぞ」


 鉄パイプを一定の間隔で手に当てながら、筋骨隆々な男が問いかけてくる。

 見た目だけで判断するなら、この男は一番の強敵だろう。顔に深く刻み込まれた創傷がそう思わせるのか。


「知っているとも。その上でこうするのが妥当だと思ったんだ。なにか不満でも?」

「……なるほど。相当な強者と見た。背後のヤツから殺ろうと思ったが、まずはお前を倒した方がよさそうだ」


 言って、鉄パイプを構える。

 その隣では、ラルクスが目を閉じて深呼吸を繰り返している。

 弓兵の少女も充分な距離を確保したようで、早速弓矢を弦に引っ掛けていた。


「では、はじめようか」


 ツキクサの剣とラルクスの槍が絡み合う轟音が響き渡った。

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