第20話 弛緩

〈エボルバー〉と雖も、全員が全員、戦闘のプロフェッショナルとは限らない。自らに備わった力の使い方を熟知している人がいれば、そうでない人もいる。相手を殺めてしまう人の多くは、自分の〈エボルブ〉の危険性を理解していなかった。


 暴発という形で命を奪い、募る罪悪感から悲嘆に暮れて、その隙に命を掠め取られて――


 だからといって、実力者同士の決闘が常に第一戦のような形で収束していたわけでもなく、命を落とす人は複数いた。ツキクサの試合が予定されている第七戦に至るまでに、死者がひとりも出ない戦いはなかった。更に言えば、決勝に三人揃って進出するチームはひとつもなかった。最多でもふたり。チームの誰かひとりは欠けるのが必然という雰囲気が醸されていた。


「三人で勝ち進めるよな?」


 第七戦開始一分前――真円状の戦場には六人の参加者がいた。


 北に並ぶのはツキクサ一向。南に並ぶのは相手チーム一向。


「あったりめぇだろ。俺たちゃあ敵同士でもあるが、同じ宿で過ごした仲間でもある。てめぇの前でむざむざ死なせたら男の名が廃るってもんよ」


 先行きを案じるようなカリナの問いかけに、レンは力強い返事を返す。


 カリナは相変わらず本調子とは言い難い様子だが、一方のレンは活気に満ち満ちている。首をこきこき鳴らし、足首をくるくる回し、委縮した気配はまるでない。

 さすがは元暗殺者と言ったところか。その悠然とした態度が今はとても頼りになる。


「安心しろよリナ。俺とツキの手にかかりゃ相手が誰だろうが――」


 遥か向かいに佇む相手陣営に視線を投げた直後、レンの顔色が変わった。


「おいおいマジかよ。百発満中のラルクスがなんでこんなトコにいんだよ……」


 引き攣った笑みを浮かべている。


「そこまで腕が立つヤツなのか」

「ああ。全長三メートル以上あるバケモンをひとりで屠ったらしい」


 その化け物がどれくらいの凶暴性を秘めていたのかにもよるが、なんにせよ、人の身で大型異形を単身討伐したのなら大した功績だ。逃げずに挑んでいる時点で、かなりの肝っ玉の持ち主であると予測がつく。


「それは厄介だな」


 なかなか降参してくれなさそうだ。


「その百発満中のラルクスっていうのはどいつだ」

「真ん中で長ぇ槍構えてるヤツ。額のバンダナがトレードマークだ」

「あぁ、あいつか」


 ツキクサはその人物を知っていた。

 というのも、第一試練で気絶させた強者のひとりだから。


「ほかのふたりはなにか知ってるか」


 ラルクスの隣には、弓筒を担いだ落ち着いた風体の少女と、鉄パイプを持った筋骨隆々な男がいた。


「いいや、知らねぇな。リナはどうよ」

「……」


 レンが話を振るも、砂上に結ばれたカリナの焦点は持ち上がらない。


「おいッ!」


 野太い声を上げて、レンがカリナの肩に両手を乗せる。


「ひゃっ!?」

カリナの服の布面積は狭く、肩は常に一糸まとわない状態にあるので、レンの手の感触はいやでも直に伝わる。唐突に人肌を感じれば、誰でも驚いて竦み上がるものだ。


「な、なに許可なくオレに触ってんだよ! ぶっ殺すぞこの野郎ッ!」

「そうそう、リナはこうでなくちゃな。神妙な顔はお前さんには似合わねぇよ」


 湛えられた微笑は、レンの優しさがそのまま表出したかのようだった。


「誰がバカだゴラッ!」


 が、カリナはレンの優しさを挑発の類と解釈したようだ。ビシッと人差し指をレンに突き立てて、久方ぶりの獰猛で自信に満ちた、彼女の代名詞とも言える表情を浮かべる。


「死ぬんじゃねぇぞレン! てめぇには帰ったらオレが天才だってことを証明してやるよッ!」

「おっ、そいつは助かるな。是非とも農業のあれこれを俺に教えてくれ」

「なんでオレが手解きしなきゃなんねぇんだよ……!」


 ぷるぷると固めた拳を震わせるカリナ。しかし、手が出ることはないのだろう。ツキクサは、カリナが暴力を振るう場面を一度として見ていない。


「ふたりとも、ちょっといいかな」


 カリナが調子を取り戻してくれて助かった。

 おかげで、なにも懸念することなく戦いに専念することができる。

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