第19話 憂鬱
ここまで勝ち進んだ実力者の意地のぶつかり合いだけあって、一回戦目から熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「吹き荒れろッ!」
レイピアの使い手である男が叫んだ。
するとひゅるひゅると小さな風が吹きはじめ、それは徐々に暴威を増していき、やがて荒々しく砂塵を巻き上げる無数の竜巻が生み出された。
「どうする。まだやるか」
その光景を前に、しかし対峙する大剣を構えた女性は微笑みを崩さない。
「無論やるとも。ここで逃げては、散り入った仲間に背を向けられない」
「そうか。……やむを得ないな」
男がつぶやいたのを皮切りに、竜巻が女性めがけて躍動する。四方から迫りくる竜巻に女性は遮二無二剣を振るう。
が、その抵抗が功を奏すことはなく、すぐに竜巻の餌食となる。切り裂かれた女性の衣服が宙に舞い上がり、やがてそこに赤が混じりはじめる。
「さっきの威勢はなんだったんだよ……」
「向こう見ずな勇気。蛮勇とでも言いたいのか」
「なにッ!?」
竜巻が消失すると、全身を風の刃に切り裂かれて血だらけの女性が姿を見せた。呼気を荒くしつつも、女性は大剣を支えになんとかといった様子で立っている。
「乱発はできないのだろう? ならば勝機はこのタイミングでしか生まれないと思ってな」
満身創痍ながらも強い戦意を宿したまなざしを男に向けると、女性は吶喊しながら大剣を地面に突き刺した。直後女性の周囲の砂粒がふわふわと浮かび上がり、やがてそれは中空に無数の直線を描きながら猛然と男へ進撃する。
「見上げた胆力だよ」
光の矢となり迫りくる砂という凶器に、しかし男は動じない。片手を軽く持ち上げる。と、砂の光線は突如として軌道を変え、蒼穹に吸い込まれていった。
「そんな……連発はできないはずでは……」
驚愕する女性に、男はレイピアを握りしめて猛進する。反撃を試みる女性だが、既に大剣を動かす余力は残されていない。
レイピアが女性の喉元に迫り――しかし血飛沫は上がらない。
「降参しろ。無駄な命は奪いたくない」
ぎりぎりと歯ぎしりする女性に、男は臆せず鋭い眼光を向けつづける。
やがて観念したように、女性が小さなため息を漏らした。
「参った。私の負けだ」
かくして第一戦の幕が閉じられた。
最終試練進出を決めたのがひとり。〈地下〉行きとなったのがひとり。
そして、死者が四人という結果に終わった。
生存したふたりは瞬く間にそれぞれの場所に転移されて、四つの屍は運営が後始末に取りかかっていた。眼球破裂していたり、片腕がなかったりと、凄惨な有り様となった残骸もある。
「酷なことしやがる」
隣に座るレンが言った。死骸を見やるレンは悲痛な面持ちをしていた。
「あのふたりには端から殺し合うつもりなんてなかった。にも拘わらず、戦場にいたから殺された。戦場にいたからって理由で殺されたんだ。これが個人戦だったのなら、あのふたりは迷いなく辞退することを選んでたんだろうな」
言って、レンはツキクサの隣に座るカリナの顔色をちらと窺う。
「……」
呆然としていた。なんとも感じないから動じないのではなく、目の前の惨状が見慣れないものだから脳が理解を拒んでいるといった風だった。
やはりこの子は優しすぎる。そしてその優しさは、この試練において仇となり、命を危険に晒す。戦場では、殺す覚悟のない人間から死んでいくのが定石だ。
「カリナ」
ツキクサが名前を呼ぶも反応はない。視線は命を失った肉塊に釘付けだ。その横顔から、彼女の図太さや傲慢さといったものは少しも感じられない。瞳は憂いを帯びていた。
「カリナ」
やや声量を上げて名前を呼ぶと、カリナは肩をぴくっと跳ね上げてツキクサを振り向いた。
「急にどうしたよツキクサ。お前からオレに話しかけるなんてはじめてなんじゃねぇの?」
からかうような口ぶりに覇気はない。浮かべる笑みも弱々しく、それが虚勢から繕われたものであることは明白だ。目に見えてカリナは気落ちしている。
「あと五試合したら僕たちの番だが調子はどうだ」
「……ベストコンディションだよ。誰とやっても負ける気がしねぇ」
外された視線が、強気な言葉とは裏腹に彼女が戦闘を拒んでいることを諷意していた。
「ならよかった。活躍を期待しているよ」
「……まかせろ。オレが蹴散らしてやる」
自分に言い聞かせるように、カリナは引き締まった面持ちでつぶやいた。
その姿を見て、ツキクサは決意を固めた。
「スパルタなことするねぇ」
ニヤつきながらレンが揶揄してくる。
「まさか。僕はいつだって本人の意思を優先する。選択を強いるのは嫌いなんだ」
「なるほど。やっぱ優しいヤツだよおめぇさんは」
迂遠な物言いをしてもレンには通じないようだ。
「どうだか」
感謝よりも罵倒された回数の方が多く、願いを叶えるためならどんな犠牲も厭わないつもりでいる人間は『優しいヤツ』とは呼べないのではないだろうか。少なくともツキクサは、自分が優しい人間だと思ったことは一度もない。
そつない返事をするも、レンが微笑みを絶やすことはなかった。
できることなら戦闘意思のない全員を戦線から退けたいところだが、これはチーム戦、第一試練のようにはいかない。手の届く範囲にいる人しか救うことができない。
観客席を見渡せば、カリナ以外にも青ざめた顔をする参加者は多くいた。
慄く参加者の中に、ひとり見知った少女がいた。――モモエだ。
第一、第二試練は運良く潜り抜けて来れたのだろうが、第三試練は三対三、対峙は避けられない。そうなったとき、果たして彼女は生き残ることができるのか。
身に纏う柔和な雰囲気や日常を切り取ったような身なりを見るに、その可能性は極めて低いだろう。少なくとも、これまでのように運だけで勝利することには期待できない。
行く末を見届けたいところではあるが、生憎と彼女の所属するチームの試合はツキクサより後に控えているため観戦できそうにない。
やはり下手に関わりを持つものではないなと、ツキクサはため息をついた。
他人ではない誰かが傷つくと、憂鬱が殊更に胸を満たして嫌な気分になる。
ツキクサはその感覚が嫌いだった。
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