第17話 友達

「サユを生き返らせる。そのためなら俺はなんだってするつもりだ」


 決意に満ちた声で言い、レンはむくりと上体を起こして布地の内側をまさぐる。 


 ――黒光りする拳銃が姿を見せた。カチッと短く響いた音は、安全装置を解除した音だろうか。


 銃口をツキクサの額に突きつける。レンはこれまでの飄々とした雰囲気とは一転した張り詰めた空気を纏い、冷たく言った。


「試練外で殺したら失格、忠告は入ってねぇよな?」

「あぁ、入っていないよ」


 第二試練中は殺害を禁止されていたが、この休息時間での殺害は禁じられていない。

 くすっと、レンは偽悪めいた冷笑を漏らす。


「ツキクサ、お前さんは明らかに常軌を逸脱している。何者だ?」

「レンと同じような理由だよ。……これで満足かな」


 問いかけると、レンは全身から放っていた剣呑たる空気を引っ込めて温和な笑みを浮かべた。


「ほんとすげぇなお前さんは」


 感嘆し、ツキクサの額に突きつけていた拳銃を元の場所に収める。どうやらレンは、服の内側に拳銃を忍ばせているらしい。今に至るまで気がつかなかった。


「レンの演技も大したものだ。本当に殺されるんじゃないかって、内心冷や冷やしていたよ」


 鬼気迫るものがあった。元暗殺者は伊達じゃない。


「いや全然ビビってなかったし。……悪いな、こうでもしねぇとツキの本音は引っ張り出せない気がしてさ」


 照れくさそうに頭を掻く。


「どうしてそこまで僕を気に掛ける」


 その仕草からは純真な善意が滲み出ていたが、しかし疑わずにはいられない。


 なぜツキクサにここまで心を許しているのか。なにか裏があるのではないか。


 猜疑心を払拭できずに邪な考えを巡らせていると、レンがつーと目を逸らしてつぶやいた。


「……友だちになりてぇからだよ」

「は?」


 思わず素の反応をしてしまった。キッと睨みつけるように、レンが鋭い視線を向けてくる。


「と、友だちってのはこうやって作るもんなんだろ? サユが言ってたんだ。困ってるときに助け合うのが友だちなんだって。……ツキはずっと思い詰めたような顔してるからさ、俺に悩みを吐き出せば少しは楽になるんじゃねぇかなって思ったんだよ。……そ、それだけだッ!」


 言って、レンはしゅぱっと身を翻し布団に包まる。まるで機嫌を損ねて不貞寝するように。


「……その、ありがとな。今日は俺の話を聞いてくれて」


 しばしの間をおいて、くぐもった声が運ばれてきた。


「ツキはサユに似た優しい瞳をしてるからだろうな。出逢ってまもなくて、名前以外のことをなにも知らないってのに、不思議と信じるに値するヤツだって思えるんだ」


 繕われた虚言には思えない、真摯な思いやりを孕んだ声色だった。


「明日もよろしくな相棒。おやすみ」

「……あぁ」


 相棒。誰かにそう呼ばれたのははじめてのことだった。


 情は足手纏いだと思い、淡白な人付き合いに徹してきた。冷たくあしらえば、誰も必要以上に構ってこない。ツキクサに『友だち』と呼べる間柄の一個人はいなかった。


「……友だち、か」


 欲しくないと言えば嘘になる。しかし一番に欲しているものではない。またそれは、一番に欲しているものを手にするのに際して、もっとも弊害となり得る可能性のあるものだ。 


〈祝祭〉はひとりしか享けることができない。レンの願いが叶うことを祈ろうが、カリナの願いが叶うことを祈ろうが、叶う願いはひとつだけ。

 となれば、自分の願いを優先する以外の選択肢はない。そのために、ツキクサは〈特別国政補佐官〉になったのだから。


「……待っててキノカ。もうすぐだよ」


 甘い誘惑を退け、ツキクサは変わらぬ決意を口にする。


 先ほどから心拍数が不規則なせいか、なかなか寝付くことができなかった。


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