第11話 強者と弱者

 第二試練――カウント100。


 第一試練のように、不必要な争いの勃発を懸念する必要がなければ、ツキクサを除く三人が暗々裏に結託しているという気配もない。40まで滞りなくカウントが進んでいる状況を見るに、機械に対立を煽るような仕掛けが施されているということもなさそうだ。


 気楽な試練だ。仮に三人が結託しようと、ツキクサが敗者となることはないだろう。


「なるほど。それでカリナは遠路はるばるルスティカーナにやってきたんだ」


 ミラルカが言った。


 後半は勝者と敗者が生まれるために必然的に緊迫感が漂うのだろうが、カウントが40を超えてまもない今は、和やかな空気が横たわっている。始終無言でのタップが余儀なくされるほど四人は相性が悪いわけではなかったので、こうして雑談に興じながら第二試練に臨んでいる。


「村のヤツらは、どいつもこいつも甲斐性なしだからな。オレがやらなきゃ誰がやるってんだ」


 カリナが三回ボタンをタップし、レンのターンとなる。


 ツキクサ、ミラルカ、カリナ、レンというのが、指定されたボタンタップの順序だ。席順も同様。試しに順番を破ってタップしてみると、ボタンはなんの反応も示さなかった。


「立派だね。誰かのためと口にするのは簡単だけど、実際に行動に移すのは難しいことだよ」


 タンタンタンっと、リズミカルにボタンを叩く音。ツキクサを見据えたレンが、くいっと顎を出す。軽い頷きを返し、ツキクサはこれまで同様数値を三つ嵩ませる。


「でもよぉ嬢ちゃん、そいつぁ勇敢じゃなく蛮勇なんじゃねぇのか。ツキクサが言うように立派な行いであることは否めねぇけどさ、仮に盗賊に攫われでもして家に帰れなくなったらどうすんだよ?」

「そ、それは……」

「あまりに計画性がなさすぎる。置き手紙もなしに娘が突然いなくなるなんざ、親にしてみれば悲劇以外のなんでもねぇぜ。きっと親御さんは今頃悲しんでる。その辺、理解してるか?」

「う、うるせぇな! てめぇはいちいち説教がましいんだよ! ……いいじゃねぇか。オレの人生、どうしようがオレの勝手だろ」


 なにか思うところでもあるのか、レンは頻りにカリナを窘めていた。けれども嫌悪感のようなものは一切感じられず、それは決まって諭すように優しい声音だった。

 それが伝わっているからか、カリナはばつが悪そうに視線を逸らす。自分に非があると内心認めているからだろう。


「まぁまぁ、喧嘩しないでよふたりとも」


 爽やかな微笑みを携えてミラルカが仲裁に入った。


「仲良くしようよ。せっかく奇縁に恵まれて出逢えたわけだからさ」

「……」

「ん、そんな怖い目をしてどうしたのツキクサくん?」

「目つきは元々です。あなたも大概お人好しだなぁと感心していただけですよ」

「はは、お人好しだなんてそんな。いがみ合う姿を見て快く思う人はいないだろう?」


 容易に攻略できる試練だ。けれども、ツキクサの脳は始終フル稼働していた。


○○○


 カウントが70を超えたあたりから、場に張り詰めるような空気が満ちはじめた。

 ツキクサとミラルカとレンはタップ数を調整しはじめたが、カリナだけは怪訝そうに首を傾げながらも変わらず上限いっぱいのタップを繰り返していた。その思い切りの良すぎる行動にレンはなにか言いたげにしながらも、結局ため息をつくだけに留めていた。


 あくまで四人は競り合う関係にある。故にひとりこのゲームの本質を理解していないカリナに、このままではいけないと警鐘を鳴らす人物はいなかった。


 カウント100。

 このゲームにおける敗北とは、タップしてカウントを100に到達させてしまうことを指す。が、実質的な敗北はカウントを90に到達させた瞬間に訪れると言える。 


 仮に三人が結託し、誰かひとりを脱落させようと企てていたのなら話は変わってくるが、そうでない以上は、カウントを90にした人物の敗北が必定と言えよう。

 なにも難しい話ではない。自分以外の三人が上限いっぱいの三タップをすれば、残されたひとりには99のカウンターが回ってくる。パスは許されておらず、必ず一回以上はタップしなければならないため、必然的にその人物はゲームオーバーする。


 視野を少し広げれば誰でも気づけることだが、この場においてはカリナだけがそのことに気づいていないようだった。


「さっきからちまちまちまちま、てめぇらそれでも男かよ」


 自身の寛大さを誇示するように、カリナは爆発寸前の風船が如く危険な状態にあるカウンターに変わらず三つの数字を加える。

 ――91。実質的な爆発を意味する数値となった。


「……はぁ。嬢ちゃん、この際だから教えるが――」

「ふふふ」


 漏れ出た悦に入るような微笑が、レンの種明かしを遮る。


「ほん~~っとうに智慧足らずな田舎娘だな君はッ!」


 言って、ミラルカはカリナに目を向ける。眼鏡の奥にある瞳は、青白い満月のような不気味な光を放ち、唇は嘲笑の緩やかな曲線を描いていた。


「お前、さっきまでと様子が……」

「あたりまえだろ。韜晦していたんだから。単純かつ基本的には公策の余地のないゲームだったからね。となれば如何に場の主導権を握り、巧妙な語りで地雷を踏ませるかが鍵となる。もっとも君が愚鈍であったおかげで、謀を巡らす必要すらなかったんだがね」


 ミラルカは冷笑する。


 状況が呑み込めないといった風のカリナであったが、黙りこくるツキクサとレンを見て、自分が取り返しのつかない失態を侵したのだと悟ったらしい。


「……オレ、負けるのか?」


 これまでとは打って変わり、自信の喪失した弱々しい口調だった。誰かの励ましを期待し、縋るような声色だった。


「負けるのかって……」


 そんな脆弱な彼女に返されたのは、くすくすと漏れ出る絶望を煽る悪魔めいた冷笑。


「お気楽なもんだねぇ。その前向きな性分は田舎育ち特有のものなのかな?」


 儚く揺らぐカリナの瞳をまっすぐに見つめて。


「あのねカリナ。君はもう、負けてるんだよ」


 元気溌剌な少女の沈んだ顔を見て。


「村を復興したいという君の幼稚な幻想は、今この瞬間に砕け散ったんだよッ!」


 ミラルカは嗤った。カリナが項垂れて、高笑いはますます大きくなった。カリナが苦悶の声を漏らし、ミラルカは歓喜の表情をますます濃くする。


「……」


 ツキクサは無表情のまま、机の下で拳を強く握り締めた。


「その辺にしとけよ」


 冷め切った声でレンが言った。


「なにもそこまで愚弄する必要はねぇだろ」


 鋭利に細められた瞳は、彼の憤怒を物語るかのようだ。


「弱者をいたぶってなにが悪い?」


 レンに臆することなく、ミラルカは傲然と持論を展開する。


「烏合の衆という表現は実に言い得て妙だ。弱者がどれだけ束になったところで、脅威になることがなければ役に立つこともない。となれば、弱者は強者に貢献することではじめて存在意義を確立できるのではないだろうか。たとえば承認欲求。強者だと改めて認識させることで強者の自信をより強固なものとし、強者の社会貢献の規模をより大きなものとする。さすれば、弱者も間接的に社会に貢献し大きな結果を残したと言える。素晴らしいと思わないかい?」

「さっぱりわかんねぇな。つまりなにが言いたい」


 にべもなく言い返したレンに気分を害することもなく、ミラルカはおもむろに両手を広げて、信者に福音を説くように温和な声色を紡いだ。


「弱者は強者に優越感を与えるために存在しているんだよ」

「……」


 だから、命を奪うことも許されると言いたいのだろうか。

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