第10話 第二試練

 目を開くと、まず当惑する三人の男女の顔が映った。

 男がふたり。女がひとり。


「んだよ、ここ。こんな狭い場所で闘えってのか」 


 そう粗野な口調で言うのは、唐紅のサイドテールを垂らした少女だ。

 背中に担いだ身の丈以上ある巨大な戦斧がまず目を惹く。しかし、筋骨隆々とは言い難く、どちらかと言えば線の細い体格を見るに、なにかしらの〈エボルブ〉の恩恵を享けていると見るのが妥当だろう。

 肩、腕、腹部、太腿、脹脛、小麦色が目立つ布面積の少ない軽やかな衣装。外見から判断するに、日頃から戦闘に従事している可能性は低いように思える。


「いいや、闘いは闘いでも、今回は頭脳戦の類ではなかろうか」


 ひとりの男が言った。


「丸テーブルの上に機械。それを囲うように四脚の椅子。……ボードゲームでもするのか?」


 眼鏡の奥で炯々と黄金色の瞳を輝かせながら精査に励んでいる。


 理知的な雰囲気を纏う男だった。規則正しく流された緋色の髪。ピンと伸びた背筋。仮に男が自分は探偵をやっているんだと言ったのならば、一も二もなく納得してしまうだろう。そう思えてしまうほどに、男の落ち着いた風貌は堂に入っていた。


「だといいんだけどねぇ」


 もうひとりの男が言った。


 部屋の中でただひとり、その男だけは椅子にどっしりと腰かけていた。


「殺し合いなんざぁ、誰だってしたかねぇよなぁ」


 天井を見上げ、男は精悍な顔に微笑を携えた。


 その所作を見てツキクサは確信した。――この男は本物だ。


 起き抜けなのか、倦怠感に淀んだ瞳からは気魄を一切感じられない。水浅葱色の髪はところどころくるんと跳ねていて、それはまるで男のずぼらな気質を物語るかのよう。袴のような白い薄服は、胸元まで大きくはだけている。胸部にも、かすかに覗く腹筋にも、角ばった凹凸のある引き締まった身体つきだった。


 この特殊な状況下において、男はあまりに平然を貫きすぎていた。


 危機感とは無縁の脱力した風体が、男のバックボーンを語らずとも如実に想起させる。

 この男は多くの人間を殺めている――一目でそう確信に至らせるその手の者特有の雰囲気を、男は全身から色濃く滲ませていた。


「お待たせいたしました」


 部屋にアナウンスが入った。


「皆様に四人一グループに別れていただいたところで、第二試練の内容を発表します」


 天井の隅にスピーカーとカメラがあった。丸テーブルと四脚の椅子、加えて四人の人間が入れば空白がほとんどなくなってしまうその部屋に、運営の澄んだ声はよく響いた。


「第二試練は、カウント100です」

「なんだよそれ?」


 首を傾げるサイドテールの少女に呼応するように、運営の説明が続く。


「カウント100とは、1,2,3と順番に数えていき、100と言った方が負けとなる至ってシンプルなゲームです。此度の試練につきましては、口頭ではなく、それぞれの席の前にあるボタンをタップすることでカウントとさせていただきます」


 丸テーブルを見ると、四方にそれぞれ丸い凹凸が浮き上がっていた。あれがボタンだろう。


「タップはひとり三回まで。一回タップするだけでも、上限いっぱいタップしていただいても構いません。数値を100に到達させた方を第二試練の脱落者とし、残りの三名を第二試練の合格者とします」

「随分と低い倍率だな」


 眼鏡の男が、顎に手を当て神妙な面持ちでつぶやいた。


 たしかに違和感がある。実質通過率100%の第一試練では半数以上の参加者が脱落し、実際の通過率は50%未満となっている。となれば、通過倍率をそれ以上に高くする――この試練で言えば、100と言ったひとりを通過者とし、残りの三人を脱落者とする――のが妥当だと思うのだが……。


「次の試練が魔物退治とかで、そこで参加者がごっそりいなくなるんじゃねぇの。知らんけど」


 臆見にすぎないだろうが、しかし袴の男の指摘が確実に的を外しているとは言えない。事実、ツキクサは過去の試練で魔物めいた異形の討伐に参加したことがある。嫌な記憶だ。


「また、今回は試練中の暴力行為を一切禁止とします。暴力を働いた時点で失格としますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします」


 以上で、説明は一通り終えたようだった。


「それでは、第二試練を開始いたします」


 運営が言った直後、丸テーブルの上に置かれていた機械が光を放ちはじめる。3Ⅾホログラムが浮かび上がる。各々の座席とタップの順序が表示された縮図だった。


「そういえば、自己紹介がまだだったね」


 縮図に目を凝らしていると、不意に眼鏡の男が言った。


「僕はミラルカ。よろしく」


 言って、三人に握手を求めてくる。冷淡な印象に反し、社交性に富んだ人となりのようだ。


「……」


 ばんと胸を叩き、戦斧の少女が自己紹介を継いだ。


「オレはカリナっつうんだ。まぁなんだ、ラランダきっての風来坊と名高いオレと鉢合わせちまったことが運の尽きだが、恨みっこはなしだかんな」


 既に勝利を確信しているのか、憐みのまなざしを男陣に向けてくる。


「まぁ、ラランダは自然に恵まれてる反面、学問とか科学とかは発展途上にある田舎だもんな。そりゃあこんなおてんぱ娘も輩出……いや排出されるワケだ」


 袴の男が、やれやれと言った風に肩を竦めた。


「あ? おいてめぇ、今オレのことバカにしやがったな?」


 威嚇するように、目つきに険を含ませる。


「そりゃあ風来坊なんて言われて天狗になっちまう純真な嬢ちゃんを見れば、からかいたくなっちまうのが男の性ってもんよ。……あ、俺はレンな。これでも十八なんだ。よろしくー」


 驚いた。てっきり三十歳付近だと思っていた。男性ではなく少年の年齢だった。


「は? 十八って……お前、オレの一個下なの?」


 驚きに目を丸くしてカリナは言った。伝播するように、レンが目を見開いた。


「え、マジで? 嬢ちゃん、十七なの? ……それ五歳くらい盛ってね?」

「よし決めた。てめぇ、この試練終わったらオレと一騎打ちな。ボコらせろ」

「こいつぁ驚いたな。精神年齢と肉体年齢がここまで釣り合ってねぇヤツぁ、生まれてはじめて見たかもしんねぇ」

「てめぇがジジくさすぎんだよッ!」


 早速、仲良くなりそうなふたりだった。


「はは、勇ましいなふたりとも。それで君は?」


 ミラルカがツキクサに話題を振ってくる。レンとカリナも、口舌戦を中断してツキクサに視線を向けてくる。

 今回はいつにも増して他者とつながりが育まれる機会が多いなと思いつつ、ツキクサは一呼吸おいて期待に応えた。


「ツキクサだ。よろしく」


 ミラルカに倣って素朴な自己紹介に留めた。どうせ長続きしない関係なのだから、これくらいがちょうどいい。

「へぇ~」


 変に注目されないように無個性を演じたつもりなのだが、レンは興味津々と言った風に口元を歪めていた。どうやら本物は欺けないらしい。


「旦那、相当修羅場くぐった目ぇしてんな」

「そう言うあなたも、大したものだと思いますよ」

「んな畏まった態度取るなって。てめぇより旦那の方が年嵩だろ?」

「いいえ、僕は十七です」

「へ?」「オレと同い年?」「僕より五歳も年下じゃないか……」


 ツキクサを除く全員が驚愕していた。


「そこまで驚くことでしょうか……アイスブレイクも済んだことですし、早速試練に臨みましょう。親睦を深めるために、僕らはここに募ったわけではないでしょう?」


 指定された席に腰掛け、和やかな空気には似つかわぬ剣呑を孕んだまなざしを三人に向ける。


「僕らは願いを叶えるべく、時に競い、殺し合う敵同士です」


 息を呑んで絶句するカリナとミラルカ。


「お前さん、マジで何者だ?」


 レンだけが、ツキクサの気魄に屈せず険しい面持ちをしていた。

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