第9話 束の間の幸福

 翌日は休暇が設けられた。

 参加者は束の間の幸福に浸っていた。誰も不安なんて見せていなかった。喜色を湛えた参加者を目にする度に、ツキクサの胸中にかすかな寂寞が募った。

 ツキクサは華やかな娯楽施設を遠目から観察するだけに留め、レストランルーム、シャワールームと、必要最低限の施設だけを利用し、その日を終えた。


 翌朝、朝食を摂っているとアナウンスが入った。

「皆様おはようございます。第二試練は本日の十時より開始いたします。つきましては――」


(だいぶ時間があるな)


 ツキクサの朝は早い。デジタル時計が示すのは、日が昇ってまもない午前六時だ。これから一時間置きにアナウンスが入るらしい。今のはもっとも早い時間帯のアナウンスのようだ。


 食後、トレーニングルームで汗を流し、シャワーを浴び、瞑想して集中力を高め。


 そして、時刻は午前十時を迎えた。


 参加者一同はひとつ上の階に足を運んだ。第一試練の会場と酷似した、純白で円状のなにもない拓けた空間に出た。部屋の中央には、昨日とは異なる運営の女性が立っていた。


「皆様おはようございます。我々の用意した娯楽施設の数々は堪能していただけましたか」


 しーんと凪いだ海のような沈黙に満ちている。もう、夢見心地でいる参加者はいないだろう。


 参加者の無反応を歯牙にも掛けず、にこやかな面持ちで運営は続ける。


「それでは皆様には、これから第二試練の会場に移動していただきます」


 ――第二試練。


 その単語が淡々と紡がれた直後、場の空気がすぅっと凍てついたように感じられた。第一試練の惨憺たる様が脳裏をよぎり、誰もが戦慄を覚えたのだろう。


 今さらか、などと毒づくつもりはツキクサには一切ない。今という幸福に浸かっている間、人は過去や未来といった現在から離れた事象が、一時的に見えなくなってしまうのだから。


 運営の背後に〈転移装置〉が出現した。これに乗って移動しろということだろう。 


 渋々といった様子で、ひとり、ひとりと修羅に導かれていく。瞬く間にツキクサにお鉢が回ってくる。


「残す試練はあと三つ。がんばろうな」


白い光がツキクサを包み込んだ。


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