黒いうわさ

「神楽様……既に理解しているのではないですか?九条蓮夜様の黒いうわさのことは」

 

 九条家並びにその次期当主である九条蓮夜。

 そこに付きまとう黒いうわさは、というよりほとんどの貴族には黒いうわさが付きまとっている。


「……知っているよ」

 

 だが、今の北部にいるのは一度すべての膿を出し切った後の状態であり、そんな黒いうわさを許さない人たちで集まっている。

 

 九条蓮夜が再び北部の地に訪れてから三日経った。

 薬が切れていた神楽は既に本調子を取り戻している。

 そんな神楽が北部にいる間、ずっと彼女を支えていた言わば右腕と言える少女、國賀美鈴が神楽へと必死に声をかける。

 彼女は今、北部の行政を取り扱う者たちの中で唯一上級貴族の出であり、九条蓮夜の黒いうわさも理解していた。


「そう、だね……」


「必ずそうです……彼がいた期間、謎の死傷者が多発しましたし、北部にいた腐敗した貴族たち関連の金回りもおかしいところが多々あります」


「多分、蓮夜様はここにいた連中よりも、黒いうわさがあるだろうね」


「そ、そうですよ。九条蓮夜は人助けの名目で杷国を回りながら、裏では大きな悪事を働いているに違いありません」


「……いや、多分。それよりも前から……私の、村を焼いたのは……多分、蓮夜様だ。何の、価値もない村だったんだ。盗賊団は強すぎたよ、今だからわかる」


 既に神楽は自分がマッチポンプ的に蓮夜から助け出され、今があることがわかっていた。


「わ、わかっているじゃないですか!それなのになんでまだあの人のことを様付けで呼んでいるのですか!?」


「……あぁ、それでも、もう私は蓮夜様を無しに生きられないんだ。私の喪失感を、埋めてくれるのは蓮夜様しかいないんだ」

 

 美鈴の絶叫に対して神楽は穏やかな表情のまま答える。

 そこに、恨みなどない。


「か、神楽様っ!」


「今日、蓮夜様に誘われているんだ……ふふっ、初夜なんだ、今日」


「……ッ!?ほ、本気で言っておられるのですかっ!?」


 頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに話す神楽に美鈴は絶句し、絶叫する。


「あぁ……もちろん」


 だが、そんな美鈴の言葉に神楽は大真面目な表情で頷く。


「神楽」


 そんなタイミングだった。

 二人がいた中庭へと蓮夜が顔を見せたのは。


「蓮夜様!」


「……ッ!?」


 蓮夜の姿を見た神楽の表情に喜色が広がる。


「そこで何をしている?行くぞ」


「承知いたしました」


「……ぁ」


 これ以上ないほどに昂り、蕩けた女の表情を浮かべて蓮夜の元へと駆け寄る神楽を前に美鈴は何も言えずにそのまま見送ることしか出来なかった。

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