入学手続き

 杷国において絶対と言える地位を気づいている神導。

 基本的な宗教としての形は前世の神道と同じであり、自然信仰を主とする教典や具体的な教え、開祖もいないような宗教である。

 大陸の方から仏教が来ていないのか、お寺はなく、あるのは神社である。

 それでも地蔵はあったりともう何か意味の分からない形となっている。


 ここまででさえも意味が分からないのに、更に面倒なのは組織体制がキリスト教と類似するのだ。

 教皇を頂点とし、それを会議でもって選ぶ枢機卿がその下に七名。そこから大司教と続いていく。なおかつ聖女という八百万いる神々のいずれか一人から加護を貰った存在もいるなど、本当のカオスである。

 

 ちなみに組織体制は完全にキリスト教と同じかと思えばそれも違い、名目上は教皇が上であるが、実質的に上なのは枢機卿。教皇が選べば誰でもなれた教皇お助け人であった前世とは違い、この世界においては既得権益者である枢機卿が教皇を自分たちの傀儡とするのだ。

 枢機卿を選ぶのは教皇ではなく枢機卿であり、現職の枢機卿が自分の後任として指名した人が枢機卿になるため、どんな人物でもなれるのである。

 

「で、ですが……」


 そんな神導において僕は既に枢機卿としての肩書きを半ば自分のものとしている。

 父が既に僕を後継者に指名しており、海外に出てくることの多い父の代わりに枢機卿の仕事も完璧にこなしている。

 枢機卿は成人者でなければならないので、まだ現職ではなくあくまで次期枢機卿だけど。


「……何と言えばわかる。この子は聖女候補である。既にそれは並みいる大司教並びに教皇猊下までが確認された確固たる事実である」


 そう。

 僕はあくまで未だ枢機卿ではない。


「で、ですが……中々この人物を我が校で受け入れるの難しく……」


 だからこそ、このような愚か者も出てきてしまうのだろう……僕に歯向かってくるような愚か者が。


「……」

 

 僕は静かに腕を組み、目の前にいる人物へと静かに視線を送る。

 彼は神導の信徒、つまりは杷国の国民すべての子供たちのために建てられた数多くの神学校の中で最も大きなところの頂点に立つ校長である。


「……神学校にも品格がありまして。我が校に相応しいかどうか保証しかねない子を入学させるわけには」


 建前としては万人に開かれていることになっている神学校も利権の巣窟となっており、入学にはそれ相応の身分を必要とする。

 もはや校長でさえ建前を忘れて身分を必要とすることを当たり前として捉えている始末だ。


「僕が保証する、そう言っているのが聞こえないのか?」


 そんな校長に対して僕は苛立ちさえ見せながら口を開く。


「……そ」


「何だ?次に答える言葉次第で君の進退が決まると思えよ?」


 魔力をまき散らし、固有魔術すら発動させて威圧のままに口を開く。


「ほれ、君。若さは美徳であるが、自制心も必要なのじゃよ」


 それに対して実に自然で、一切の気配も無きままに僕と校長が向き合って座っていた応接室の扉が開かれて一人の好々爺然とした男が入ってくる。


「その自制心を持つべきはそちらであろう。後塵に身を譲ることとて義務であろう」

 

 僕は入ってきた男、枢機卿が一人。

 日野美香麿へと視線も送らずに淡々と己に向けられた言葉に反感を込めて返す。


「……して、いくら君が枢機卿として敏腕を振るう君の保証であっても貧民街の少女が神学校に相応しいかというと別だろう。


「日野家風情が枢機卿としてここに立てるのだ。問題なかろうて。生まれが全てではない。能力次第であろう。彼女は聖女と成り得る力を持っている。であれば最高の教育が必要だろう」


「だが、既に聖女は決まっている。私の孫息子が嫁に取った子がな」


「未だ候補だ」


「君とて未だ候補だ」


「僕は九条家だぞ?」


 ただの論理ではない。薄汚い論理の中で僕と美香麿が言葉の応酬を続ける。


「校長」


「……ッ」


 恐らくは美香麿から金を貰っているである校長の名を静かに呼んで言葉を続ける。


「君の妹は門屋商人になったのだって?女の身でありながらそこにまで至るなど想像を絶する苦労をしたのだろう。そんな可愛い妹が苦労して職を失わせたくはないだろう?確か、三人にいるうちの一人も、商いの道を進んでいるようじゃないが」


「そ、それは……」


 僕の言葉を受けて目に見えて校長が動揺を見せ始める。

 流石に自分の家族に手を出されては敵わないだろう。


「……商いと宗教のイ」


「まったく父も面白いだろう?」


 躊躇いながら口を開いた美香麿の言葉を遮って僕は口を開く。


「既に海外貿易においては最高利益をたたき出し、それを元に多くの商会と繋がりを持っているのだ。おかげで僕もそれに引きずられるようにして国内で商いに勤しむことになってしまっているんだよ。未だ既にある商品には勝てないが、それでも新興商品などで人気を博し、多くの商会長と面会したりと予想だにしていないところとの繋がりが出来てしまったよ。枢機卿としての仕事が忙しいのだがね」


「……」


 現在、美香麿は父が神導での権力固めを疎かにしたことで出来た隙をついて猛烈に影響力を拡大している男ではあるが、それはあくまで神導内の話であり、商会の世界での圧力の前には無力に近い。


「僕も入学する」


 僕は席から立ち上がりながらこの場にいる二人が予期していなかったであろうことを口にする。


「二人の入学手続きを完了させておけ。僕は常に君の味方だ。安心して手続きを行ってくれ」


「ま、待て!?」


「待たない」


 一方的に命令を下し、制止の声も振り切った僕はそのまま応接室を後にするのだった。




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