聖女

「こ、こ、こ、このような場所でぇ」


 自分の素上を明かした僕はそのままシスターの二人と別室の方へと移動していた。

 そこで若い方のシスターは殿上人とも言える僕を前にしてこれ以上ないほどの動揺を見せていた。


「そこまで緊張することはない。共に同じ神を信奉する者同士なのだから」


「は、はいぃ」


 この子であれば呑み込める。

 そう判断した僕は若いシスターへと優しい笑みを浮かべながら口を開く。


「……玲香さん」


「は、はい!?」


 それに対して、老シスターがゆっくりとその名を呼ぶ。


「貴方は子供たちのところに戻ってください。向こうの面倒を見る人も必要ですから」


「あっ、はい!わかりました!」


 老シスターの言葉に頷いた彼女は僕へと深々頭を下げた後に部屋を退出する。

 んー、僕の手の平の上で転がされることを危惧して彼女を遠ざけたか。


 別に老シスターが何者であるかなんて僕は興味ないし、その経歴なんて知らない。が、上を恨んでいそうな言葉を聞いている限り、僕の祖父や父の状態も大まかには理解しているだろう。

 九条家という殿上人であるという事実だけで完全信頼とはいかないのだろう。


「さて、僕とて時間が豊富にあるわけではない」


 まぁ、だからと言って問題があるわけではないのだろう。


「私は、確かに言ったはずにございます。子供たちの意思を表示しださるよう伏してお願いし、それを九条様も了承してくださったはずです」


「それは間違いではない。今、私は国の多くを回っている最中でね。己の領地を出てここへ。北上して最北端へと着き、再度ここに戻ってきての今なのだ。それまでの道中で僕は多くの孤児院に対して子供の意思を尊重しながら支援を行うことを約束していたし、実際に行ってきた。だが、少しだけ事情が変わったのだよ」


「……何が、問題だったのでしょうか?」


「生まれだ。あの子、ネックレスを持っていたこの名前は?」


「桜花にございます。苗字の方は……親がわかりません故」


 ビンゴ。

 間違いなく正解だ。


「彼女は聖女に成り得るだけの素質を持った子である。


「……は?」


 僕の言葉に老シスターは困惑の声を漏らす。


「聖女とは何か、理解しているか?」


「そ、その概略であれば……」


「それで十分だ。その概略通りの聖女候補が彼女なのだ」


 聖女とは特殊な術式を持った神に愛された子である。

 神より与えられるとされる術式『加護』。これは本当に特殊な術式であり、一つの時代に、困難が待ち受ける時代に数人に渡って獲得する術式だ。

 加護の術式は非常に強力であり、人類そのものを助けるだけのポテンシャルを持つ……故に聖女として祭り上げられるのだ。


 聖女はただ一人。

 並みいる加護持ちの中で最も優秀であると認められた者が正式な唯一人の聖女となるのだ。


 彼女の持っていたネックレスについている宝石はそんな聖女に成り得る人物が持った時に淡く光るという性質を持っているのだ。


「あの子を九条家の名のもとに聖女とする。僕が断言する。あの子こそが聖女に相応しいだけの実力を兼ね備えた存在だ」


 桜花はゲームでもメインヒロインの一人として出てきた少女だ。

 加護の術式にも弱い強いが存在し、彼女の加護がこの時代において最も強い。

 桜花はゲームにおいて滅びゆく街を前にして覚醒し、街を救い、そして、ただの実力と民衆からの支持だけで正式に聖女となった少女である。

 どの枢機卿の後ろ盾がない状態で、である。


「……あの子が、聖女」


「彼女が聖女候補であるとわかってなお、それを無視するわけにはいかない。貴公とて、聖女候補を放置していいわけがないと理解可能であろう?」


「……ですが」


 どれだけ九条家を嫌っているのだろうか。

 何をどう考えても僕を頼るべきタイミングであってもなお、無謀にも僕へと未だに食い下がってくる。

 

「案ずるな。九条家は枢機卿の中で最も力を持った歴史ある名家だ。彼女に悪いことが起きようもない……むしろ、唯一人にしている時の方が危険である、とわかるであろう?」

 

「……」


 老シスターは僕の言葉に口を紡ぐ。


「どのような過去があったか、などは知らんし、興味もない。だが、これは拒否できるような案件ではない。大人しく受け入れるのだ」


 項垂れる老シスターを無視して立ち上がり、別室の扉へと向かっていく。


「彼女は神学校について行く。異論は認めない。ここは聖女となる彼女の故郷だ。最高の場所となるよう、僕も支援していくつもりだ。うまくやれ。騙されるなよ?」


 僕は全然頼りにならなそうな老シスターに一応念押ししてからこの部屋を出るのだった。

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