貧民街
久方ぶりに訪れる己の研究所を後にしてやってくるのはもちろん我が国の中心、京である。
「……ここは変わらぬか」
そんな京の中でも僕が顔を見せに来たのは表の綺羅びやかな世界ではなくその裏、貧民街である。
前世のイギリス、産業革命化のロンドンのような現実がここ、京でも起きつつある。広がる収入格差に増える認識されていない貧民たち。
歪な、されとて資本主義本来の形がここにある。
「さて、と……」
貧民街に荒くれ者なんて存在しない。
腕っぷしに自信のある者たちは冒険者になるし、犯罪組織などは徹底的に叩き潰される。
ここにいるのは何も出来ぬ貧民に孤児たちである。
「ここはどうなっているかな?」
そんな貧民街を外套で身を隠しながら歩いていた僕は一つの教会、孤児院の前で足を止める。
「……ふんふんふーん」
僕は気分良く鼻歌を歌いながらボロボロの孤児院の扉をノックする。
「はーい。少々お待ち下さいねー」
それを受けて中から声が返ってきたのち、扉を開けて出てきたのは一人のシスターである。
「……何方でしょうか?」
僕の姿を見た若いシスターは警戒心をあらわにしながら口を開く。
まぁ、外套で姿を隠した若い男……というより少年だなんて普通に不気味だよな。明らかに血色良いし、外套も良いものであるから孤児でもないことだって簡単にわかるだろうし。
「君と同じ宗教家だよ」
僕は胸元より教会のシンボルを見せながら口を開く。
「同じ神に仕え、無辜の民を導くものとして中をみたい」
「あぁ、なるほど。お仲間でありましたか、どうぞ、どうぞ。お入りください」
完全に警戒心が抜けた様子ではない……が、それでも柔和な態度を見せるシスターが扉を大きくあげて中へと招いてくれる。
「お邪魔します」
僕は一礼した後に足を踏み入れる。
中は基本的に薄汚れ、老朽化も進んでいるが、それでもれっきとした教会としての成りを保っている。
「……礼拝堂か」
廊下を真っ直ぐ進むと突き合ったのは礼拝堂である……道中に扉はなかった。隠されているな。
随分と警戒されていることで。
「今更本部の連中が何の用じゃ?」
礼拝堂の奥。
そこに腰掛けていた一人の老シスターが僕へとしゃがれた声を向けてくる。
「ただ顔を見せに来ただけだとも。同じ神を信奉するものとして」
「じゃったら顔くらい見せたらどうじゃ?」
「目立つものでして」
僕の外套は姿隠しの魔法が込められた魔導具である。
様々な魔法を使える魔物の体内には彼らが使う魔法の原点である魔石が存在しており、それを用いることで様々な魔法が込められた魔導具を作ることができる。
外套もそれであり、これのおかげで僕は己の本来の姿を隠してここにまで来ることができている。
一応九条家という名家の出であり、なおかつ見た目がクソほど目立つともなれば僕はこの外套なしではおちおち外にも出れるのだ。
「ハッ。小さな少年が少し目立ったところで何が起こるのじゃが」
結構なことが起きるぞ。
九条家で次期枢機卿だからね、僕。
「して、何のようでここに?」
「自力をあげたい。我が国内における戦力を向上させる」
ここから先、かなりの困難が待ち受けている。
内乱、海外勢力による侵攻、魔物の大増殖に魔王の復活。ビックイベントのバーゲンセールが待ち受けているのだ。
内乱に関してはそもそも首謀者というか、裏から手を引いていたのが僕であったこともあって、完全に内乱の芽を摘むことだって出来るだろう。
だが、その他はそういうわけにもいかない。
勇者という最高戦力不在の中で戦うのであれば国力も上げる必要があるだろう。
「子は宝だ。戦えるレベルにまで底上げたい」
「……餓鬼が、何を言うか」
「小さいとは言え、僕とて貴族の倅だ。少しは出せる」
「……貴族ッ」
僕の言葉を聞いた老シスターの瞳に反感の色が浮かぶ。
「何じゃ、貴様らは平民より富を巻き上げるだけでは飽き足らず、あまつさえ子供ですら己の道具として使い潰すというのか」
「それはこちらのセリフでもある。子供たちはお前ら二人の娯楽品でも、正義心を埋めるための道具ではない。未来を使い潰すつもりか?」
「……なんじゃと?」
僕の言葉に老シスターは眉を顰める。
ここで激高しないのは年の為せる技、現実を飲み込んだ来た数故だろう。
「毎日たらふく食わせているか?衣服はしっかりとしたもの着せているか、教育は?将来、自立出来るだけのものはあるのか?」
「そんな金が……あるわけないだろう!?上が無暴利にも取っていくのだから!」
「老婆が。これまでの人生を何に浪費していた?子を助けることを望むのであれば商会をお越し、金を獲得すればよい。権力闘争に勝利し、上に行くのもありだ。枢機卿は無理でも大司教くらいには平民でもいけるだろう。この現実は貴様の怠慢だ。やろうと思えば出来る。やらずに年を取ったのはお前であり、業だろう?」
「そ、そんなの……夢物語じゃろうて」
「そ、そうですよ!シスター様は子供たちのことを思って!」
「僕は出せるぞ?子供の数を言え。ここにいるだけのものじゃない。貧民街すべてだ。全員分の食料に教育体制、教官を派遣してやる。貴様のエゴで断らんな?」
「……ッ」
僕は否定の言葉を告げられないよう、無力感を一度叩きつけられた老シスターへと己の要求を叩きつけるのだった。
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